地球は質点と見なしてよいのか

Q.地球のように巨大な物体の引力を、中心の一点に集まっているもの見なしても良いのだろうか?
A.丸い、球対称な物体であれば、引力は中心の一点に集まっているとしても良い。
  しかし、球対称でない一般的な物体について、引力を一点で代表するような質点は存在しない。

地球は太陽のまわりを回っている、これは学校の物理でまっさきに教わることです。
学校で教わるときには、太陽と地球をそれぞれ1つの点=質点と見なして、引力の計算などを行います。
でも、地球はそれなりに大きいのですから、1点にしてしまうのはちょっと強引なんじゃないでしょうか。
確かに、地球と太陽の距離に比べれば、地球の大きさなどほぼ1点で問題ないのかもしれません。
(地球と太陽の距離およそ1億5000万km、地球の直径約1万3000km、地球と太陽の距離は、地球の半径の約1億1500万倍)
それでは、もっと近いところで、地球と月の間だったら、地球の大きさは問題にならないのでしょうか。
(地球と月の距離およそ38万4000km、地球と月の距離は、地球の直径の約30倍)
あるいはもっと近くで、人工衛星とか、地球上にあるリンゴや私たちに働いている引力は、
本当に地球の中心に向かっているのでしょうか?

この問題を深く追求しているブログがあります。
「とね日記」
* 僕が物理と数学にハマリだしたきっかけ - 重心と質点の話
 http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f78dd46bca9c95beb847bf60b9168fa3
* 結論: 物体の質点は一般に存在しない - 重心と質点の話
 http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c2a057542b64bf2cf8627210894e7269
* 地球を半分に割ってみた - 重心と質点の話
 http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ceef5a47d7ec084f3e993603bb8962bf
このブログでは、高校のときから疑問に思っていた「星の大きさ」の問題について、
数式処理ソフトで積分の計算をしてみたり、重力の計算をするプログラムを作成したりと、実に深い探求を行っています。
読んでいてワクワクする、すばらしい記事です。

上のブログに触発されて、私もこの問題について考えてみました。
最初に頭をよぎったのは、
「あれっ、地球の重力って、中心の質点で代用できるんじゃなかったっけ?
 確かそんなことを学校で習ったような気がする・・・」ということでした。
そこでまず、物体全体に働く重力が、物体の重心1点で代用できるかどうか、確かめてみました。
最も単純な例として、2個の質点を1個の重心に置き換えることができるか、について考えてみます。
もし2個の点を1個の点に置き換えることができれば、それと同じ理屈で、4個の点を2個にまとめることもできるでしょう。
2個の点を1個にまとめる操作を繰り返せば、ちょうど勝ち抜き戦のように、最終的に多数の点を1個に集約できるはずです。
なので問題は「2点を1点に置き換えられるか」ということにかかってくるわけです。
前提として、重力の「逆二乗の法則」は正しいものと認めましょう。
重力は、2個の質点の距離の二乗に反比例し、それぞれの質点の質量に比例する。
  F = G M m / r^2
いま、2個の質点が固くて軽い棒で結ばれた物体Aと、1個の質点Bの間に働く引力を考えます。
簡単のために、1個の質点の質量は全て1、重力定数G=1とします。

物体A、B間に働く引力は、それぞれの質点を個別に計算すると:
  F = 1/(r1^2) + 1/(r2^2)
物体Aの2個の質点を1点にまとめて、重心とBの間で働く引力は:
  F = 2・1 / *1 - (1/(r+L)) }
   = 1 / (r^2-L^2)
そもそも結果の式に L が入っているということは、引力は棒の長さに関係しているということでしょう。
つまり、棒を1点にまとめることはできないわけです。(r に対して L がうんと小さければ無視できますけど。)
具体的に r=2、L=1 のときの引力は F = 1/(4-1) = 1/3。
もし上図のような状況で棒の引力を1点にまとめるなら、棒の真ん中(r=2)ではなくて、もう少し近くの r=√3 となるでしょう。
(別の角度から棒を眺めれば、引力の中心点は別の場所に移ってしまいます。)

それでは、学校で習ったような気がする「星の重力は中心の質点で代用できる」は真実なのでしょうか?
上の棒の結果を確かめた時点で、私は球形の星についても疑いのまなざしを向けるようになりました。
だって、棒をたたいて引き延ばして球の殻に加工すれば、引力についての事情は似たようなものではないですか。
そこで、物理の教科書を引っ張り出してきて確認してみました。
すると教科書には、球形について引力を積分する方法が書かれていました。
以下は「岩波 物理入門コース1 力学 (戸田盛和)」の、4−7章を簡略化したものです。

計算では直接引力を求めるのではなく、引力を積分した重力ポテンシャルを考えます。
半径R0の球全体の重力ポテンシャル U(r) は、球全体にわたって 1/r を積分すればよいのですから
 U(r) = -G m ∫dR ∫dθ ∫dφ ( R^2 sinθ / s )  --- Rは0〜R0、θは0〜π、φは0〜2πまで積分.
ここで s は、余弦定理によって s = √(R^2 + r^2 - 2Rr cosθ) となっていますから、
 U(r) = -G m ∫dR ∫dθ ∫dφ ( R^2 sinθ / √(R^2 + r^2 - 2Rr cosθ) )
cosθ= x と置いて、θを x に変数変換します。
dθ/dx = - sinθとなっているので、ちょうど分子にある sinθ が打ち消されて
 U(r) = -G m ∫dR ∫dx ∫dφ ( R^2 / √(R^2 + r^2 - 2Rr x) )   --- x は-1〜1まで積分.
∫dφのところを積分
 U(r) = -G m 2π ∫dR ∫dx ( R^2 / √(R^2 + r^2 - 2Rr x) )
x の積分 ∫(1 / √(R^2 + r^2 - 2Rr x)) dx = √(R^2 + r^2 - 2Rr x) / Rr なので、
 U(r) = -G m 2π ∫dR ( R^2 / Rr )[ √(R^2 + r^2 - 2Rr x) ]   --- x は-1〜1の範囲.
    = -G m 2π ∫dR ( R^2 / Rr ){ √(R+r)^2 - √(R-r)^2 }
    = -G m 2π ∫dR ( R^2 / Rr ){ (r+R) - (r-R) }   --- r>R としています。
    = -G m 2π ∫dR ( R^2 / Rr ) 2R
    = -G m 2π・2/3 ・R^3/r
    = -G m 4πR^3 / r
ここで、球の全質量 M = 4πR^3 とすれば(球の密度は均一に1としている)
 U(r) = -G m M / r
見慣れた形の式になりました。
引力 f(r) は、重力ポテンシャル U(r) を微分したものですから
 f(r) = G m M / r^2
これで「球形の場合は」引力を中心に置き換えられることがはっきりしました。
一様密度の球形だけでなく、密度が球対称であれば(たとえば中心部と表面の密度が違っていても)中心に置き換えても大丈夫です。

では、上で考えた「棒の質点」は、教科書の記述と違っているから間違いなのでしょうか。
いえいえ、棒は棒で合っているんです。
間違っているのは、「棒をたたいて引き延ばして球の殻に加工すれば」球と同じになる、ってところです。
引力の影響を全く受けずに、棒を引き延ばして球の殻に加工することはできません。
一本の棒を変形する過程を考えてみると、重力が等しい面上(等ポテンシャル面上)だけを移動して、
厚さが均一の球の殻を作ることは無理があるでしょう。

結論として、球形の物体に限り、引力は中心の一点に集まっていると見なして構わない。
それ以外の形、たとえば棒形などは、一点と見なすことはできない、ということになります。
地球はほぼ球形ですが、詳しく見ると赤道方向に少し膨らんだ楕円形であり、
さらに詳しく見れば地形の偏りがあったりします(ジオイド)。
そこまで考慮すれば、引力は必ずしも中心に向かって働いているとは言えないわけです。

実は、今回きちんと確認してみるまで、私はなんとなく「重力って重心に集まるのかなー」と思っていました。
教科書には重力が中心に集まる球体のことは書いてあっても、中心に集まってこない棒のことは書いてありません。
そこまで何でもかんでも書く義理もないですし。。。
なので、私のようにさらりと流していると、「重力は中心に集まってくる」という誤解を生じるわけですね。

この点をするどく突いた「とね日記」には絶賛です。http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/
他にも「宇宙論プロジェクト」、「理科復活プロジェクト」なんてコーナーがありました。
今後の記事も期待してます。

*1:r1+r2)/ 2) ^ 2 = 8 / (r1 + r2)^2 式だけ眺めてみても、この2つが一致するとは思えません。(例外的にr1=r2のときだけ一致します) 具体的に、r1=1, r2=3, (r1+r2)/2=2 といった数字をあてはめてみると、 上の式での F = 1 + 1/9 = 10/9 下の式での F = 2・1 / 2^2 = 1/2 ということで全然違います。 極端な話、物体Aの一端と物体Bを、ほとんど距離0にまで近づければ、0で割り算することになるので、重力は無限大に近づくでしょう。 でも、重心(あるいはどこかの内分点)に重力をまとめれば、無限大にはならない。 なので、「2点の重力を1点にまとめる」ことは、一般的にはできないことだったのです。
ひょっとすると、最初から「点」を扱っていることが問題なのでしょうか。 もう1つの例として、一様な密度の棒Aと、1個の質点Bの間に働く引力を考えてみます。 棒の重心と質点Bまでの距離をr、棒の長さを2Lとすれば、引力はこんな形になるでしょう。   F = 1/2L・∫{ 1 / l^2 } dl   --- 1/2L は棒の密度、積分の範囲は r-L〜r+L.    = 1/2L・[ - 1 / l ]   --- l の範囲は r-L〜r+L .    = 1/2L { (1/(r-L