位置エネルギーのモヤモヤ

前回のエントリー、位置エネルギーの話に予想以上の反響をいただきました。
どうもありがとうございます。
* エネルギーとは何か >> [id:rikunora:20090713]
まさかI君の問題を、ここまで引っ張るとは思いませんでした。ほとんど一生モノ?
そこで、もう一度「位置エネルギーとは何か」を考え直したところ、
論点はどうやら次の3点に絞られるように思えました。
1.位置エネルギーはどこに蓄えられるか?
2.無限小の足し合わせとは何か?
3.方程式ファーストは、分かったことになるのか?

1.位置エネルギーはどこに蓄えられるか?
まずこれが、感覚的に不思議なところです。

バネを引っぱって延ばしたのであれば、バネにエネルギーが溜まっていることが見てとれる。
しかし位置エネルギーというのは、文字通り位置が変わっているだけで、物体そのものは全く変わっていない。
何がエネルギーを持っているのか、いまひとつはっきりしません。

これについて、深く穿っている記事がありました。
* 位置エネルギーはどこに蓄えられるか
>> http://www008.upp.so-net.ne.jp/takemoto/energy1.htm
* エネルギーはどこにたくわえられるか
>> http://www008.upp.so-net.ne.jp/takemoto/energy0.htm
こちらのブログで紹介されていました。
* Log of ROYGB -- 地球の位置エネルギー >> [id:ROYGB:20090716]
上の記事によると、高校の教科書には2つの流派があるようです。
「実は位置エネルギーがどこに蓄えられているかということについては二つの考え方があるんだ。
 物体に蓄えられるという立場と保存力の場に蓄えられるという立場の二つがね。
 ・・・そしてそのいずれの立場でもそれを貫けば,論理的に矛盾のない説明ができる。」
A.位置エネルギーは、物体に蓄えられる。
B.位置エネルギーは、保存力の場に蓄えられる。
そしてもう1つ、ある意味達観した第3の解釈もあります。
* EMANの物理学 -- ポテンシャルエネルギーの正体
>> http://homepage2.nifty.com/eman/dynamics/potential.html
C.位置エネルギーとは、「運動エネルギーがどれくらい失われたか」を記録しておく手段であって、それ以上の意味はない。
この3つは、もはや解釈の違いで、どれが合っていて、どれが間違いといったものではないでしょう。
私自身は B.のイメージだったのですが、「いずれの立場でもそれを貫けば,論理的に矛盾のない説明ができる。」
というくだりに、なるほどと思いました。
なので、結局のところは解釈の問題で、A.B.C.どれであっても矛盾はない、というのが答のようです。

2.無限小の足し合わせとは何か?
ここが最大の問題です。
力が釣り合っていて、ゼロになっているはずのものを引っ張っていったら、有限の値が得られるとは、これ如何に?
実はこの問題、必ずしも位置エネルギーだけに限りません。
熱力学に見る準静的過程であっても、電場の中を運動する荷電粒子であっても、
基本的には「釣り合いを少しずつ移動する」という共通の考え方が適用されています。
そしてこの問題の本質は、
 積分って何? 無限に小さいものを足し合わせて、どうして有限の値になるの?
ということでしょう。
卓上で静止している物体と、引っ張り上げている途中で釣り合っている物体とは、ほんのちょっぴり違っています。
卓上で静止している物体は本当にゼロですが、引っ張り上げている物体は「限りなく0に近い」状態です。
数学記号で書けば dx 、グラフに書けば「薄くスライスした微少な面積」になるのだと思います。
この「無限小の足し合わせ」を本格的に理解するのは、かなり大変です。
極限だとか、収束だとかいった数学モデルを受け入れられるかどうか。
納得できるかどうかは、そこにかかってきます。
逆に言えば、積分とはこういうものなのだ、数学的に確立した操作なのだよ、
ということさえ納得できれば、後はそれほど悩むこともないでしょう。
私はときどき思うのですが、どうもよくわからないものの影には、たいてい無限が潜んでいるという気がします。
人間って、本当は無限を理解することなんて、できないのではないかと。
ウィキペディアには、こんなことが書いてありました。>> wikipedia:ゼノンのパラドックス

ゼノンやエレア派的にいえば、無をいくら足しても有にはならない。有がある以上、どこかに有の起源が無ければならない。長さゼロの点から長さ一の線を作る事は出来ない。ゼロをいくら加算しても一にはならない。・・・
これは不動の矢のパラドックスにおいてより根本的に現れており、いわゆるこの動かない動く矢は、あくまでも運動の或る瞬間の概念的切片であって、現実に特定の瞬間に特定の位置を占めているそうした要素的断片が実在的に「存在」し、その加算として運動があるわけではない。連続がまずあって、それを切片に切って把握することができるのであって、要素的な断片がまずあって、それが合わさって連続が構成されているのではない。

うーむ、こういうのって、どこまでも考え続けることができるんだなー。
きりがないので、私は「とりあえず積分できれば良し」ということにしているのですが。。。

3.“方程式ファースト”は、分かったことになるのか?
といった訳で、最初から積分を前面に押し立ててゆけば、この手の悩みはほぼ回避することができます。
・・・少なくとも、分からないところは全て数学に押しつけることができます。
位置エネルギーとは何か、こんな風に答えておけば、たぶん文句は出ないでしょう >> wikipedia:ポテンシャル

空間内の各点に働く力F が、当該点上のある定まった量V から、
  F = - grad V
として求まる時、Vを力Fのポテンシャルと言う(gradは勾配)。
一つの質点を考え、これが力Fの作用する場(力場)にあり、当該質点がdlだけ変位した時、
その力のなした仕事dWは
  dW = F・dl
で与えられる。
V が全微分可能であるとき、質点が位置Aから位置Bへ運動する間になす仕事WA-Bは、質点の動いた経路によらない。
このとき、質点が為した仕事の総量、
  W = ∫F・dl = VA - VB
を、位置エネルギーと定義する。

確かに、これなら引っ張った途中がどうなっているとか、初速を付けないと持ち上がらない、
とかいった微妙な問題は一切表に出てきません。
やっぱり先に数式ありき、“方程式ファースト”という考え方はスバラシイのだろうか。。。
でも、どうでしょう、この答で「ああ、スッキリ納得」という人は、一体どれくらい居るんでしょうか。
これって、良くわからないところを、微積分という手の届きにくい領域に押し込めただけのようにも見えます。
疑問を微積分が肩代わりしただけで、その場で解決はしていないんですね。
実は、一口に微積分と言っているものの中には、やれ無限小がどうしたとか、
釣り合っているものを、ほんのちょっと動かしたらどうなるだろう、といった議論のエッセンスが詰まっているんです。
なので、とことん知りたかったら、まずは微積分から学びなさいってことになるんですが。。。
私の感覚からすると、微積分が何の抵抗も無く、すんなり理解できるという方が、むしろ異常であるように思えます。
分からないのが、正常な人間のセンス。
その証拠に、いざ微積分抜きにして、位置エネルギーとは何かってことをゼロから自力で説明しようとしたら、
あれほど大変だったではありませんか。
(少なくとも、私の高校では誰も答えられなかったのです)
とりあえず数式出しておけば、まあ間違いにはならないだろうし、分からないことを学ぶ側の責任に転嫁できます。
「なんだ、微積分も分からないのか、バカだなぁ、、、」みたいに。
でも、とりあえず数式でしのぐということと、分かるということは、別なのではないかと思います。
数式の形になっていようがいまいが、とことん分かるっていうのは、すごく大変なことです。
位置エネルギー1つ取ってもこんな風なのですから、毎回これをやっていたら、とても身が持たない。
なので、普段はある程度さっさと要領よく済ませることも大事ですし、
たまにとことん考えてみる、というのも大事なことのように思います。


※ 7/24 図を追加