ガリレオによろしく

世界で一番有名な実験といったら、おそらく「ピサの斜塔の実験」ではないでしょうか。
「みんなが見ている目の前で、ガリレオピサの斜塔のてっぺんから、木の玉と鉄の玉を同時に落としてみた。
 すると、木の玉も、鉄の玉も、同時に地面に落下した。
 いままで重い物が先に落ちると信じていた人々は、この結果を目の当たりにして驚いたのである・・・」
さて、これは本当のことなのでしょうか?
同時に落ちるということは教科書にも載っているし、今や小学生でも知っている一般常識です。
しかし、私はいままで数十年間生きてきましたが、1度も実際に高いところから物を落として確かめたことはありません。
せっかくなので、この機会に確かめてみることにしました。

まずは場所探しです。公道の上に物を落とすわけにいかないので、
横に駐車場のある5階建てのマンションから落とすことにしました。

高さは約20メートルくらいです。
次に落としてみる物体なのですが、鉄の玉では駐車場に穴が空くかもしれません。
手軽なところで、缶コーヒーの中身が入ったものと、空の空き缶を落としてみることにしました。
落下地点にデジタルカメラを構えて、せーの、で落としたところ、
  ガコッ!
見事、4階のベランダに激突!
4階の住人にすごく不振そうな目で見られました・・・ごめんなさい、これも科学のためなんです。

落下した空き缶です。中身が入っていた方は、つぶれてフタが空きました。
まずわかったこと、その1.
 ベランダに注意! 実験の場にピサの斜塔を選んだのは、用意周到であった。

これ以上、4階に迷惑をかけられないので、窓の位置を変えて、下まで障害物の無い地点を選びました。
次に試してみたのは、水の入ったタッパーと、空のタッパーです。
せーの、で落としてみたところ・・・
>> * 動画 * http://brownian.motion.ne.jp/memo/fall/Fall_Water_Empty.wmv
明らかに、水の入ったタッパーの方が先に落ちました!

これが決定的瞬間。
左上の白い線が、後から落ちてきた空のタッパー。
地面の近くにあるのが、水で満たしたタッパーです。
地面の近くにある方が止まって見えるのは、既に地面ぶつかって跳ねているところだからです。

これが落下に使ったタッパーです。
水を入れた方は、地面に激突して割れています。

やはり空のタッパーでは軽すぎるのだろうか・・・
そう思って、今度は紙を詰めたタッパーと、水で満たしたタッパーでやってみました。

紙だと思って侮るなかれ、びっしり詰めた紙であれば、木と同じ程度の重さになるはずです。
タッパーの重量は、
 空=33g、紙=70g、水=209g
となっていました。
で、紙と水入りのタッパーを、せーの、で落としてみたところ・・・
>> * 動画 * http://brownian.motion.ne.jp/memo/fall/Fall_Water_Paper.wmv
おやっ、今度も水の方が先でした!

縦に入っている白い線が、落下するタッパーです。
水が入っている方は、先に下で破裂しています。

これではガリレオが浮かばれない、やはり四角いタッパーでは空気抵抗が大きすぎるのだろうか・・・
そこで、今度は丸いボールで確かめることにしました。
100円ショップで同じ形のゴムボールを買ってきて、1個に穴を開けて水を詰めました。

空のボールと、水入りのボールは、それぞれ28g、173gでした。
それでは、今度はボールで、せーの、・・・
>> * 動画 * http://brownian.motion.ne.jp/memo/fall/Fall_Balls.wmv
やはり、水入りの方が先でした!

ピンク色のボールは地面の近くで跳ねています。
一方、黄色いボールの方はわかりにくいですが、ちょうど自動車の前を横切っています。

と、いうわけで、私が実際に確認した範囲では「明らかに重い方が先に落ちました!」
別に私は「ガリレオが間違っていた」と言いたかったのではありません。
常識だと言われている「同時に落下する」を、実際にこの目で確かめるのがいかに困難であるか、
ということが言いたかったのです。
たとえば、最後に挙げた黄色とピンクのボールが落下する動画を見てください。
この動画を1回だけ見て「同時に落ちた? それともピンクが先だった?」と聞かれたら、どう答えますか?
おそらく8割方の人は、こう答えると思うのです。
「さあ・・・ちょっとだけピンクが早かったような気もするけれど、
 ほとんど同時だったようにも思う。速すぎてよくわからないや。」
現代に生きている私たちであれば、デジタルカメラという文明の利器で簡単に判定が下せます。
その結果、たとえ重い方が先に落ちていたとしても、「それはきっと空気抵抗の違いだよ」で片付けることができます。
しかし、もし私がガリレオの時代に生きていて、同じことを試したとしたら、
間違いなく自信を持って「重い物が先に落ちる」と結論付けたでしょう。
もし私がガリレオに反対する教会の一員だったとしたら、
ピサの斜塔のてっぺんから、中身の詰まった木の玉と、中をくり抜いた木の玉を落としてみたかもしれません。
きっと中身が空の木の玉は、私が試したのと同じように空気抵抗を受けて、後からゆっくり着地したと思うのです。

このように想像してみると、ただ1回の実験でイタリア中の人たち(?!)が一斉に目を覚ますように
「同時落下」を信じるようになったとは、とても思えません。
ならば、本当のところどのようにして、私たちは「同時落下」を常識として信じるようになったのでしょうか。
教科書に書いてあったから? それとも、実験してそうなったから?
物体を落としてみる、といった実験は、その気になれば、誰でも、いつでも試すことができます。
それでも、実際に自分の目と手で確かめてみたという人は、果たしてどの位いるのでしょうか。
かくいう私自身も、実際に確かめてみたのは昨日が初めてです。
そして、物体が同時に落下したところを、まだ一度もこの目で目撃してはいません!

改めて調べてみると、「ピサの斜塔の実験」のお話は、どうも後から脚色された可能性が高いようです。
* >> wikipedia:ガリレオ・ガリレイ

この法則を証明するために、ピサの斜塔の頂上から大小2種類の球を同時に落とし、両者が同時に着地するのを見せた、とも言われている。 この有名な故事はガリレオの弟子ヴィンチェンツォ・ヴィヴィアーニ(Viviani)の創作で、実際には行われていない、とされる。

* ガリレオと物体の落下法則 >> http://www.manabinoba.com/index.cfm/4,9720,250,html

この実験は、ガリレオが76歳のときに住み込みで付き添った助手のビビアーニが書いた「ガリレオ伝」に書かれているものですが、ビビアーニがガリレオ伝を書いたのはずっと後のことだからです。ガリレオの偉大さを伝えたくて、少々手を加えすぎたのかもしれません。