なぜ E = mc^2 なのか?

Q. E = mc^2 という関係式は、どのようにしてできたのか?
A.そのように考えると、どこから見ても電磁気現象の結果が同じになり、つじつまが合う。

 エネルギー(E)= 質量(m)×光速度(c)の 2 乗

これは物理学上最も有名な関係式だと思うが、この式がどこから出てきたかについては、それほど有名ではない。
この式を理解するためには、まず「光の運動量」というものを知る必要がある。

光は質量がゼロなのに、なぜ運動量を持つのか?
これはもっともな疑問だ。

話は電気と磁石の関係にまでさかのぼる。
前回の「磁力線は磁石にくっついているのか?d:id:rikunora:20080702」の中で、
単極誘導では磁石の運動は起電力に関係しない、と書いた。
単極誘導でなくても一般に、電荷に影響を及ぼすのは「磁界の置かれている空間そのもの」であって、磁石ではない。
天井がN極、床がS極となっているような一様な磁界で満たされた部屋の中で電荷を動かせば、
電荷は磁界から力を受けて向きを変える。
ところで、物体が運動の向きを変えるときには、必ず「何かをけって」向きを変えているはずだ。
私たちが走ることができるのは「地面をけって」いるからであり、
船が進むことができるのは「水をかいて」いるからであり、
飛行機が飛べるのは「空気を押して」いるからである。
同じように、磁界の中で曲がる電荷も「何かをけって」いるはずなのである。
その「何か」とは、何か?
磁界から力を受けているのだから、その発生源である磁石をけっているのか?
もしそうであれば、磁石の運動が電荷に直接影響を与えてもよさそうなものだが、実際にはそうなっていない。
ということは、電荷はやはり「磁界の置かれている空間そのもの」をけっているのである。

「物体が運動の向きを変えるときには、必ず何かをけっているはず。」
これは、いわゆる「運動量保存の法則」というやつである。
磁界の中に置かれた電荷の運動量はどうなっているのだろうか。
1.電荷は磁界の置かれている空間そのものをけっている。
2.運動量保存の法則は、電磁気では成り立たない。
この2つのどちらが正しいかは、実験によって確かめるしかない。
実験した結果、正しかったのは 1. の方だったのである。

どういうことか。
つまり、電磁場は運動量を持っていた、ということなのである。
電荷が向きを変えるとき、その反作用として、変化した電磁場は運動量を有する。
そして変化した電磁場は、運動量を有したまま空間を伝わり、どこか吸収される先に運動量を伝達することになる。
「空間を伝わる変化する電磁場」、これこそ電磁波のことであり、また、光のことでもある。
光が運動量を持つ、というのはこういうことだったのだ。
確かに、電磁波=光に質量は無い。
しかし、変化する電磁場が運動量を持つと考えなければ、電荷が「何かをけって」動いているはず、
というところでつじつまが合わないのだ。

電荷が空間そのものをけって動いている、という事実は、
理屈では解かっても感覚的にはとても不思議で受け容れがたい気がする。
私自身も正直に言うと、空間そのものが運動量を伝達するというのは、いまだもって謎だと感じている。
磁石が遠くのものを引きつけるのも不思議だが、電磁波が何もない真空で何かを伝えていることは、もっと不思議だ。
ただ、人が不思議と思おうが、あたりまえだと思おうが、とにかく実際に測定してみると、光は運動量を持っていたのである。

光が運動量を持つ証拠として、まっさきに挙げられるのが「光電効果」、そして「コンプトン効果」であろう。
光電効果とは、光の持つエネルギーは波長に比例する、ということを示した実験。
コンプトン効果とは、原子に光を当てたときに、跳ね返ってきた光と、はじき飛ばされた電子から、
光の運動量がわかるという実験である。

ここの説明がわかりやすいかと思う。
 「ミクロの世界」 − その1 − (原子の世界の謎)
 第3部: 光の粒子の発見
  光量子仮説 と 光電効果
* http://www2.kutl.kyushu-u.ac.jp/seminar/MicroWorld/Part3/P36/photo_electron.htm
  コンプトン効果
* http://www2.kutl.kyushu-u.ac.jp/seminar/MicroWorld/Part3/P37/Compton_effect.htm

コンプトン効果や、光電効果の実験から、光の運動量について次のようなことがわかった。
 E = hν   -- 光の持つエネルギーは、周波数に比例する。
 p = h / λ  -- 光の持つ運動量は、波長に反比例する。
 c = λν  -- 光速とは、波長x周波数のことである。
上の3つから、光の運動量とはこうなることがわかる。
 p = E / c  -- 光の運動量 = エネルギー / 光速

以上、詳細をはしょったが、アインシュタインの関係式を理解するためには、
最低限、実験によって p = E / c という結果が得られた、ということを認めれば充分だ。

さて、いよいよ本題の E=mc^2 にとりかかろう。
以下に書くことは、アインシュタイン自身が1946年に発表した証明方法である。
私はそれをさらに、「アインシュタイン相対性理論」{M.ボルン、林一訳} という本で見たので、孫引きである。

質量Mの静止している物体に対して、左右両側からエネルギー E/2 だけの光を当てた状況を考えてみる。
光は物体に吸収されるのだが、左右から同時に当てているので、特に物体が動き出すわけではない。

同じことを、上から下に、一定速度 v で運動している人から眺めてみる。
この人から見れば、光は物体の斜め下から当たっているように見える。

斜め下から当たったのであれば、光は運動量を持つのだから、物体は上に加速するはずだ。
ところが実際に物体は加速するわけではないから、それだけ物体が重くなったのだと考えるよりない。
つまり
* 相対性原理 -- 静止した人から見ても、一定速度で動いている人から見ても、現象の結果は同じに見えるはず。
* 運動量保存の法則 -- 登場するもの全ての運動量の総和は、常に等しい。
この2つのつじつまを合わせるためには、物体の質量が増加したとするしかないのである。

物体の質量の増加分を m とする。
光が当たったことによって、物体が得た運動量は
  p・(v / c) = (E / c)・(v / c) = Ev / c^2
である。
(v / c) のところは図を見ればわかると思うが、見かけ上の c の値が一定だという所に
* 光速度不変の原理 -- 光の速さはどこから見ても(異なる慣性系から見ても)常に一定値 c となる。
という前提が入っている。
光だからこそこうなるわけで、たとえば野球のボールが当たっても(ほとんど)こうはならないことに注意。

物体が得た運動量が質量の増加分に等しいのだから、
  Ev / c^2 = m v
となる。つまり、
  E / c^2 = m
そして、
  E = m c^2
という結果たどり着く。

途中の式の変形だけを見ると、結果を合わせるために、半ば強引につじつま合わせをしているように見えなくもない。
「物体の質量が増加したとするしかない」といった理屈で、m を導入しても許されるのか?
それが許されてしまうのは、何もアインシュタインが有名だからではない。
結局のところ、このように半ば強引かつ大胆につじつま合わせした結果が、実験に合っていれば勝ちなのだ。
そして E = m c^2 は、その後明らかになった実験事実に一致していたのである。

つまるところ、 E = m c^2 とは
* 相対性原理
* 運動量保存の法則
* 光速度不変の原理
を守ろうとつじつまを合わせた結果、出てきた考え方なのである。
そして、この一見奇抜に見えた考えが、その後世界を驚かす事実を生み出すきっかけとなったのだ。