物理の心は対称性

もしもいま何か大異変が起こって、科学的知識が全部なくなってしまい、たった一つの文章だけしか次の時代の生物に伝えられないということになったとしたら、最小の語数で最大の情報を与えるのはどんなことだろうか。

これは、ファインマンさんの教科書に載っていた問い掛けです。
この問い掛けに対する、ファインマンさん自身の答はこうでした。

私の考えでは、それは原子仮説だろうと思う。
すべてのものはアトム -- 永遠に動き回っている小さな粒で、近い距離ではお互いに引きあうが、あまり近づくとお互いに反発する -- からできている

さて、どうでしょう。あなただったら、ファインマンさんの意見に賛成ですか?
ファインマンさんの答も成る程もっともなのですが、私はもう少し別の答を思い付きました。

私の考えでは、それは対称性だろうと思う。
世界を動かす法則は、見る者の立場を変えたとしても、同じように成立している。

ファインマンさんには恐れ多いのですが、もし物理の中心テーマをあえて1つだけ挙げろと言われれば、
それは「対称性」というキーワードに集約されるのだと私は思います。
もちろん、テーマを1つだけ挙げろと言うのが無理な話ではありますが、
それでも、対称性と全く無縁だという物理のテーマは無いように思えるのです。

対称性に言及した記事は、ネット上にも数多くあります。
* アトムの物理ノート -- 物理の心? その1
>> http://letsphysics.blog17.fc2.com/blog-entry-13.html
これは「物理の心」を、とても分かりやすい形に書いた記事です。

「物理学の心を一言でいうとなに?」 こんな質問にあなたは答えを用意しているでしょうか?
唯一の答えがあるわけではないでしょうが、物理の心ってなんでしょう。
私は"物理の心は対称性!"と答えるつもりです。

そうそう、その通り、全く同感。(今回のブログタイトルは、ここからお借りしました)

もう1つ、これは固そうなページからの引用。
* 対称性と保存則
>> http://www-jlc.kek.jp/general/DOC/oho95-html/node3.html

ネーターの定理として有名なラグランジアンの対称性と保存則の関係は、
「自然の語る物語の中心テーマが対称性なのではないか?」と思わせる最初の深遠な結果である
(例えば、エネルギー・運動量保存則や角運動量保存則が、時空の対称性の帰結である事は良く知られている)。


私が「物理の心は対称性」と信じるようになったのは、ここ最近のことなのです。
少し以前まで、物理の心は「熱力学の法則」であろうと信じていました。
熱力学の法則というのは
 第1法則.エネルギー保存則
 第2法則.エントロピー増大則
の2つです。(第0法則、第3法則というのもあるけれど、ここではカット)
およそ自然現象というものは、エネルギーの流れを把握すれば、理解できるのだろう
・・・これが私の物理観でした。
あながち間違いとも言えませんが、少々エネルギーに片寄った見方であったと思います。
この物理観を改めさせたものは、何を隠そう「ガロア理論」でした。
えっ、ガロアなんて、物理と直接関係ないだろうって?
ところが、大ありなんです。
まだ人にうまく説明できるほど良く理解できていないのですが、、、
とにかくガロアと物理は大いに関係ありです。

ガロアのアイディアが数理物理学においても威力を発揮することを期待してよいのであろう。
自然現象はリー群の作用によって記述でき 宇宙の法則はその不変式であると解釈できないだろうか?

これは、リー代数創始者、ソフィス・リーの言葉です。
(友人の持っていた雑誌の切り抜きからの引用、なので孫引き)
宇宙の法則は、対称性から導かれる不変量によって記述できるのではないか。
100年前に書かれたこの言葉が、「物理の心」を示す卓見ではなかったかと思うのです。

私が“これぞ基本”と信じてきたエネルギー保存則は、実は時間の対称性から導くことができます。
以下で、ラグラジアンからエネルギーという保存量を探し出してみましょう。
ラグラジアンというのは、「最小作用の原理」に着目して運動を記述した数式のことです。
* ラグランジアンに意味は無い >> [id:rikunora:20090327]
いま、物体の位置 q(t) と、速度 q'(t) によって表される関数 L( q(t), q'(t) ) があったとします。
物理的に実現する運動は、この L を時間で積分した量
  I = ∫[t1〜t2] L dt
が極小になるものであったとしましょう。
(∫[t1〜t2] というのは、時刻 t1 から t2 の範囲を積分する、という意味です)
ここで「時間に対称性がある」、つまり「時間軸を平行移動しても物理法則は同じように成立する」のだと考えます。
これを式に書くと、t -> t+ε に入れ替えても、やっぱり積分 I が極小になる、ということでしょう。
そこで、時刻 t を、時刻 t' = t+ε に書き換えてみます。
 ∫[t1+ε 〜 t2+ε] L( q(t), q'(t) ) dt  -- 時刻を移動した.
= ∫[t1 〜 t2] L( q(t'-ε), q'(t'-ε) ) dt'
= ∫[t1 〜 t2] L( q(t-ε), q'(t-ε) ) dt  -- t'を t に書き換えても同じこと.
この式を、εの1次の項まで展開します。
 { L|[t1] - L|[t2] } ε + ∫[t1 〜 t2] { ∂L/∂q (q(t-ε) - q(t)) + ∂L/∂q' (q'(t-ε) - q'(t)) } dt
 (L|[t1] は L の引数に t1 を代入した値、という意味)
εが微少な量であれば、L が短時間で変化しないのだと考えて、上の式の値=0となります。
さらに、
 q(t-ε) - q(t) というのは、- q'ε のことです。
 q'(t-ε) - q'(t) というのは、- q"ε のことです。
これらを用いれば、上式は
 { L|[t1] - L|[t2] } ε + ∫[t1 〜 t2] { ∂L/∂q・(- q'ε) + ∂L/∂q'・(- q"ε) } dt
= { L|[t1] - L|[t2] } ε - ∫[t1 〜 t2] { ∂L/∂q・(q') + ∂L/∂q'・(q") } ε dt
q(t) は、オイラーラグランジュ方程式
 ∂L/∂q = d/dt(∂L/∂q')
を満たしているので、これを使って式の後の方にある項を書き換えます。
= { L|[t1] - L|[t2] } ε - ∫[t1 〜 t2] { d/dt(∂L/∂q')・(q') + ∂L/∂q'・(q") } ε dt
= { L|[t1] - L|[t2] } ε - ∫[t1 〜 t2] { d/dt( (∂L/∂q')・(q') ) } ε dt
= 0  -- L が短時間で変化しないということで=0でした.
この最後の式からεを取り払って、左辺にt1、右辺にt2をまとめると、
 [ L - (∂L/∂q')・(q') ]|[t1] = [ L - (∂L/∂q')・(q') ]|[t2]
ふう、やっと出てきた。
結局のところ、時刻が変わっても
  L - (∂L/∂q')・(q')
という式で表されるモノは、不変的に値が変わらないというわけです。
何を隠そう、この不変的に変わらない値こそがエネルギーなのです。
 E = (∂L/∂q')・(q') - L  -- (エネルギーの定義は、プラスマイナスが逆になってます.)

式がどわーっと出てきて何だかわからないので、整理します。
ラグラジアンというのは、もともと「最小作用の原理」から考え出されたものだった。
 物理的に実現する運動は、何らかの値を最小にするのだ、というポリシーのようなもの。
・時間には対称性がある。
 時間軸を平行移動しても物理法則は同じように成立する。
・そこで、ラグラジアンの作用Iについて、時間軸を平行移動した式を作ってみる。
 この式の中から、時間を移動させても変わらない量というものを探してみる。
・それは、エネルギーというものであった。
エネルギー保存則は、時間の対称性から導き出せるわけです。
よくわかんないときは、やっぱりこのサイトを見に行こう。
* EMANの物理学 -- ネーターの定理
>> http://homepage2.nifty.com/eman/analytic/noether.html
* 物理のかぎしっぽ -- ネーターの定理
>> http://www12.plala.or.jp/ksp/analytic/NoethersTheorem/