複素数の指数関数

複素数の指数関数 y = e^x をグラフに描くと、こんな感じになります。

多少大げさに言えば、このグラフは「人類が知っている図形の中で最も美しいもの」の1つではないかと思います。
ただし、ここに描いたグラフにはごまかしが入っていて、本当のグラフは四次元空間となります。
その四次元のグラフを脳内で想像できれば、きっと心底美しいと感じ取ってもらえることでしょう。
なぜ四次元なのか。
実数の関数 f(x) → y であれば、元が x という1つの数、先が y という1つの数だから、
合わせて2つの数になって、2次元の平面上にグラフを描くことができます。
ところが複素数というのは a + b i のような形で、実数と虚数の2つの数から成り立っています。
複素数の関数 f(x + u i) → (y + v i) を考えると、元で2つ、先で2つ、合わせて4つの数が必要です。
なので複素数の関数を完全にグラフ化しようとすれば、四次元空間が必要なんです。
でも、我々は4次元のグラフを描くことができないので、
たいていの本なんかでは2枚の2次元グラフを組み合わせて、何とか表現しています。
(そんなの当たり前ですか?
 私は最初、このことが分からず、複素関数のイメージを思い描くのにずいぶん苦労しましたよ。)
さて、上のグラフは3次元なので、本来の4次元のグラフから1つの軸を省いています。
何を省いているかというと、関数の値を実数だけにして、結果から虚数を省いてあります。
グラフ中の x と i の平面が関数の元になる数(定義域)、y が関数の結果の実数値(値域)、
つまり f(x + u i) => (y) ということです。
グラフ中の x y 平面が、普通にお目にかかる実数の平面です。
3本描かれた赤い線のうち、ちょうど真ん中の一本が x y 平面上に乗っかっていますが、
この線が、実数で普通に見るところの指数関数グラフです。
グラフ中、黄色い点々で示してあるラセンは、本当はここにあるのではなくて、虚数の値を含んでいます。
所々、+1とか−1とか書かれている点だけが、このグラフのある3次元空間に顔を出しています。
それ以外の点々の部分は、虚数空間にワープしている、みたいなイメージです。

なぜ複素数の指数関数は、このような形をしているのか、順を追って見てみましょう。
まず最初に知るべきことは、複素数の掛け算です。
2つの複素数の掛け算は、複素平面上で見ると
 ・長さを掛けて
 ・角度を足す
という法則に従っています。

長さの方は良いとして、なぜ掛け算すると「角度の足し算」になるのか?
直感的に言うと、複素数の掛け算とは「まわれ右」のように回るものだからです。

そもそも虚数iとは、2つ掛け合わせたら −1 になる数のことでした。
実数の数直線上に1と−1をプロットして、自分が中央の0の位置に立っていることを想像してみてください。
この世界で、マイナス1を掛ける操作は、1の方を向いている自分の向きを、
「まわれ右」して180度反対向きになることに相当します。
さてここで、2回操作してマイナス1になるようなものを考えろ、と言われたら・・・
きっと180度の半分、90度横を向くことが思い浮かぶでしょう。
数直線から90度横を向いた数、即ちこれが虚数iのことです。
であれば、虚数iと実数を合わせて作った複素数は、きっと掛け算すると中途半端な角度、
30度なり、60度なりといった角度だけ回転するのではないでしょうか。
実際やってみるとその通りで、複素数の掛け算は目に見えない空間での回転になっていたのです。
* KIT数学ナビゲーション -- 複素数の積
>>http://w3e.kanazawa-it.ac.jp/math/category/fukusosuu/fukusosuu-no-seki.html

掛け算がわかったところで、次に知るべきことは、x が実数だった場合の複素数の指数関数
y = e^(i x) についてです。
答を先に言うと e^(i x) の値は、複素平面の単位円上をグルグルと回ります。
上に描いた「まわれ右」の図のような感じです。
掛け算が回るのだから、虚数の累乗 i ^ x という関数が回るのはわかります。
しかし、指数関数 e^(i x) がどうなるのかは、ちょっと想像がつきません。
そこで試しに e^(i x) という関数を、実数と同じように微分してみます。
  (e^(i x))' = i e^(i x)
虚数iが出てきました。
ところで、微分幾何学的な意味は何だったでしょうか。
それはグラフの接線のことでした。

複素数の指数関数の微分を見ると、どうやら虚数iの向きに接線が引けそうです。
ということは、複素平面上で言えば、接線は実軸から90度横方向を向いている、ということではないでしょうか。
複素数の指数関数 e^(i x) は、いつでも自分の値(ベクトル)の90度横方向に接線が向いている・・・
そう思って、ある1点からスタートして、90度横向きに線をつないでゆけば、結果は円になるでしょう。
以上が、複素数の指数関数が回転することの直感的なイメージです。

 e^(i π) = -1
これはオイラーの等式と呼ばれる有名な式です。 >> wikipedia:オイラーの公式
ファインマンは「すべての数学のなかでもっとも素晴らしい,そして驚くべき公式」と述べたのだそうです。
微分によって、複素数の指数関数 e^(i x) が回転するところまでは想像できるのですが、
それではなぜ、ちょうど x = π のとき、この回転がピタリ180度(πラジアン)進むのでしょうか。
それは、円周上を半周したときの経路の長さがπとなっているからです。
まず、指数関数の底が e ではなくて、別の数だったらどうなるかを考えてみましょう。
例えば 2^(i x) だったら、どうなるか。
この式を微分すると
  log(2) i・2^(i x)
となります。
e と比べると、log(2) という余計な定数が出てきます。
これが何を意味するか。
複素平面上で考えた場合、接線の向きは90度で変わらないのだが、
その点における速度、つまり回転のスピードが変わってくることを意味します。
底を変えても、複素数の指数関数はやはり単位円上を回ります。
ただ、回るスピードだけが変化します。
なので、底を少しずつ変えてスピードを調整すれば、どこかにちょうど「x=経路の長さ」となっている、
いわば「最も自然な速度」が見出せるはずです。
そして、その「最も自然な速度」を出す数が e となっていた、というわけなのです。
e のことを「自然対数の底」って言いませんか。
どの辺りが自然なのかというと、微分した値が、ちょうど指数関数の値それ自身に等しくなること、
つまり (e ^ x)' = e ^x となっていることです。
この「自然な」感覚を複素数に当てはめれば、変化のスピードがちょうど経路の長さに一致している数は、
きっと e になるだろうという気がしませんか。
残念ながら、直感に頼れるのはこの辺まで。
正式には、やはり指数関数を展開して比較してみるのが王道です。
* オイラーの公式 -- 物理のかぎしっぽ
>> http://www12.plala.or.jp/ksp/mathInPhys/euler/

さて、以上で最初に掲げた「複素数の指数関数の全容」を理解する準備が整いました。
y = e ^ (i x) という関数の形を考えると、単位円上をぐるぐる回転しているわけですから、
複素空間上での関数の軌跡は x 軸に対してラセン形を描くことになります。
これが最初のグラフ上で、黄色い点々で示した曲線です。
ラセン上の点は、一回転ごと、つまり2πごとに同じ値を示します。
オイラーの等式に従って、πだけ進んだところがちょうど−1、そこから2π進んだところもやはり−1、、、
ということで、2πごとに同じ形が繰り返されるわけです。
いま−1の方に着目しましたが、+1の方でも同じことが起こっています。
虚数成分が0、つまり実数平面上では e ^ 0 = 1 となっています。
この+1の点も、−1と同様、2π間隔で虚数空間上に出現します。
ところで、実数平面上には「普通の」指数関数のカーブが(赤い線で)描かれています。
この指数関数のカーブは、虚数空間の中でも2π間隔に出現するのではないか。
実際その予想は正しく、e^(2πi+x) = e^(2πi)・e^x = e^x となっています。
また、e^(πi+x) = e^(πi)・e^x = -1・e^x = - e^x ですから、
マイナスの側にも、実数での指数関数カーブを逆さにしたような曲線が並びます(緑の線)。
それでは、規則正しく並んでいる赤と緑の指数関数カーブの間を結んでいるのは、
グラフに示した黄色い点々のラセンだけでしょうか?
実は、このラセンはたまたま実数成分x = 0 にあるものを描いただけで、
それ以外の場所も、指数関数カーブ上にある全ての点が(グラフには描かれていませんが)
ラセンで互いに結びつけられているのです。
例えば実数成分x = 1 の場所には、e^(1 + ix) = e^1・e^(ix) = e ・e^(ix) ですから、
半径を e に広げたラセンがあるわけです。
実数成分xが小さいところ、グラフの奥の方には半径の小さなラセンが、
実数成分xが大きいところ、グラフの手前の方には半径の大きなラセンが、
互いに赤と緑で描かれた指数関数カーブを結びつけている、、、
それが、四次元の複素空間に描き出された「複素数の指数関数の全容」なのです!