困ったお客さん

アマゾンの買い物かごにはリコメンド機能が搭載されていて、1つ商品を選ぶと、関連性の高い商品が次々と出てきます。
実際、WEB上の通販や、WEBに限らず普通のお店屋さんでも、大がかりな仕掛けと労力を費やして、
日々、顧客の行動データを分析しているみたいです。
アマゾンのおすすめを見ると、どんな仕組みなのか、およその想像が付きませんか。
試しにいろんな商品を買い物かごに入れてみて、どんなおすすめが出てくるのか、やってみましょう。
これがなかなかおもしろい。ネットショップの密かな楽しみ方の1つです。
でも、コンピューターごときに「あなたが欲しい本は、これでしょう」みたいに提示されると、
なんか行動を見透かされたみたいで気持ち悪い。
そこで、コンピューターを欺き、リコメンデーション機能を出し抜く購買方法を考えてみることにしましょう。

1.思い切りジャンルの違う本を買ったら?
私の場合、理工学の本を買うことが多いのですが、それに合わせてこっそり萌え本を買っていたりします。
理工学と萌え、この2つは大きく異なるジャンルなので、おすすめには載りにくいのか?
いえいえ、これこそ敵の思うつぼ。
たくさんの人が、理工学と萌え本をセットで購入していると、
分析の結果「数学とロリの相関は高い」などといった統計的な法則が発見されてしまうのです。
これ、試してみるとすぐにわかりますよ。
まじめな本を探しにサイトにアクセスしたはずが、ふと隣に紹介されている萌え本に目がいって、
ついふらふらっと「カートに入れる」ボタンを押してしまう・・・
まあ、それでも良いと言えば良いのですが、これを繰り返していると、
ある日ふと友人の前でアマゾンのページを見たときに、一発で「消費動向」がばれてしまいます。
これではまずいので、やっぱり萌え本は「とらのあな」あたりにしとこうかなー、、、
なんて思って
 ・理工学書 -> アマゾン
 ・萌え本 -> とらのあな
というルールを作っておくと、今度は安定して、理工系の書籍がおすすめに挙がってきます。
もちろん、アマゾンとしては売り上げが減ってしまうわけですが。
(アマゾンと、とらのあなは別々じゃないかって? 重なるんですよ、これが。
 たとえ同一の商品を売っていなくても、私の行動からすると、同人誌買ったら普通のマンガは買い控える。
 その意味で「アマゾンの普通のマンガ」と、「とらのあなの同人誌」は競合しているんです。)

2.複数ユーザーで1アカウントを共有したら?
私のアマゾンのアカウントは、家族共有で使っています。
これがけっこうおすすめ結果を混乱させるみたいです。
場合によっては、家族みんなでパソコンを囲んで、同一の買い物かごに、
別の人が選んだ商品を同時に入ることさえあります。
買った家族からすれば、誰が何を買ったのか、すぐにわかるのですが、
データだけをたよりに分析するとなると、そうはいかない。
例えば購買履歴に理工系と萌え本が入っていたとき、1人が買ったのか、実は2人だったのか、区別する手段が無い。
そんなときのおすすめ結果を見ると、家族全員の嗜好がおもしろい感じに入り交じってきます。
なので、家族でアカウントを使い回すと、家族に隠れて「こっそり見る」ということができません。
うっかり萌え本とかクリックすると、次回アクセスしたときに、必ずその形跡がトップページに反映されるんですよね・・・

それでは、今度は売る側の立場に立ってみましょう。
家族やグループのように複数ユーザー共有アカウントと、
確実に1人だけで使っているアカウントを見分ける方法は無いものか。
ひょっとすると、「1回の同一バスケットに入っているかどうか」で、ある程度の判断がつくかもしれません。
たとえアカウントは共有していたとしても、父親はある1回の買い物で、息子はまた別の1回の買い物、
といった感じに買い物単位で分かれていれば、全く性質の異なる買い物が混在しているという予想が立つでしょう。
実際のところ、上に書いたように1回の買い物を複数人数が共有することは例外的だろうし。
ただこれも、実は同一人物が「今回はまじめな本にしよう」「今回は娯楽中心にしよう」といった具合に、
買い物によって分けているのかもしれません。
実際、私にも目的別に分ける傾向がありますし。
なので、1回1回の買い物をバラバラにすると、貴重な発見を逃してしまうかもしれないのです。
むしろ確実な方法は、サイト内に家族向け、グループ向けのサービスを置いておくことではないでしょうか。
そこを利用したユーザーは共有ユーザーだった、ということで。
あるいは、最初から単独アカウント、家族アカウントの2つを用意しておいて、
家族アカウントに登録すると、特別に家族向けサービスが使えるようになるとか。
そこまでしなくても、1人1人が個別にアカウントを作った方が便利になるようにする。
たとえばページのスキンが個別に変えられるとか。
実際作るのは大変でしょうけれど。アマゾンですら、そこまでやってないし。
(自分が作っているサイトではないので、無責任に何でも言えますね。)

ただ、実のところ、複数ユーザーによるおすすめの混乱は、それほど実害は無いのではないかと思います。
こっそり見れない、ということは別にして。
おすすめ結果を見てみると、要は個々の人に対するおすすめを混合したようなものが出てくるだけで、
全く見当はずれなものが表示されているわけでもなさそうです。
アマゾンでは、多数のおすすめ結果を順送りの形で表示しています。
これならおすすめの件数が増えても特に問題ないので、2種類の傾向があったなら、2倍のおすすめを出せばよいだけの話。
なので、共有アカウントは分析結果を混乱させるでしょうが、それによっておすすめ結果がダメになるわけでもなさそうです。

3.一番困るのはランダムだ!
それでは、売り手にとって最も「困る」タイプの購買方法は何だろうか、、、
そう考えて、行き着いたのは、
 「特定の傾向が表れないように、ランダムに購買する」
というもの。
まず、アマゾンならアマゾンといった具合に、たった1つのショップで全てを賄わないことです。
たとえば「セブンアンドワイ」と「とらのあな」と「明倫館書店」を掛け持ちにして、
「気分によってランダムに」お店を変えるんです。
アマゾンはセブンアンドワイのデータを知り得ないし、逆もまたしかり。
こうすれば、全ての行動データを入手しているお店が、どこにもなくなります。
この場合、「ランダムに、法則を作らない」ことが重要ポイントです。
例えば、特定ジャンルの書籍はこのショップに決めているとか、
特定の時間帯、たとえば会社ではこっち、自宅ではこっちと決めているとか、、、
とにかく何らかの法則性を持った行動をとれば、それが統計上の有意差となって表れてきます。
その有意差が実際に発見できるかどうかはともかく、可能性として、「法則は読まれる」危険性があるわけです。
ランダムで、気まぐれなお客様。
これが売る側からすれば、最もつかみ所のない「困ったお客さん」なんです。

そんな困ったお客さんであっても、一回こっきりの一見さんであれば、分析データから除外すればよいだけなのですが、
それでいて一定数以上の購買のある「見込み顧客」であれば、放っておくわけにもいかない。
すると、どうなるか。
売る側は困惑して、いろんなサービス施策を打ってきます。
特別バーゲンとか、会員限定スペシャルポイントとか、
とにかくこの正体不明の顧客を引きずり込もうと、やっきになってくるはずです。
結果として、つかみ所のないお客さんに対してのサービスは、全体として向上することになるでしょう。

で、ここまで書いてきて、ふと気がついた。
これって、ひょっとして「女性の戦略」なのではないかと。
仮に、自分が魅力的な女性の立場に立ったことを想像してみてください。(魅力的な女性は、そのまま地で。)
相手からサービスを引き出すためには、まず依存先を1つに限定すべきではありません。
たとえ1つであっても、複数あるかのように振る舞うべきでしょう。
そして、行動パターンを「ロジックで読み取られないように」、ランダムで、気まぐれにする。
何の脈絡もなく、突然、「今日はパスタが食べたい気分」などと意味不明の言葉を吐いたりしてみる。
そうなると、「放っておけない見込み顧客」に対して、売り手側はあれこれ思い悩みつつサービスするしか手の打ちようがありません。
ロジックの成り立たないランダムな行動を取ることによって、売り手側から最大限のサービスを引き出すこと。
これが消費者側から見て、最も有効な戦略ではないでしょうか。
そう言えば、女を口説くのが上手いやつは営業マンとして成功するって、よく言われるし。
いろんなところで「まず女を引き入れよ、男は後から追いてくる」とも言われるし。
ネットショップでデータの分析してるのって、きっとロジックがちがちの男性的思考で固まっているんじゃないのかな。
蚊が飛んでいるときって、絶対まっすぐには飛ばないで、ランダムにふわふわって飛んでいますよね。
もしまっすぐに飛んでいたら、簡単に打ち落とされてしまう。
だから、ふわふわになった。
あれと同じで、売り手側が高度になればなるほど、それに合わせて買い手側も進化して、予測不能なランダム性を身につけてくる。
ネット慣れした贅沢な消費者は、今後ますます気まぐれで、わがままになってゆくような気がします。
もし女性が先天的にランダム性を身につけているのだとしたら、それをロジックでカバーするのは、ほぼ不可能なのではないかと。
そんなのは男尊女卑なステレオタイプだ、というご意見はごもっともなのですが、
買い物を楽しむといった感覚が全く欠けている男性の私からすると、
やっぱり買い物を楽しんでいるのは女性なのかな、という風に思えるのです。