電子のカタチ

Q.電子って、いったいどんな形をしているの?
A.こんな形をしています。

※ この図は1次元の空間と、波動関数の実部、虚部を示しています。3次元空間に渦巻き型が置かれているわけではないので注意 (下のコメント参照).

量子力学によると、電子とは、粒のような、波のようなものらしい。
そして、原子をとりまく電子軌道の形や、分子軌道などについては、図解されたものをちらほら見かけます。
例えば、こんなの。
* 電子雲ビューワ >> http://sel.ist.osaka-u.ac.jp/~mnktsts/tools/viewer/
こういったグラフィックを見ていると、電子の正体がだいぶ分かったような気になります。
しかし、私には長らく分からなかった1つの謎がありました。それは、
「周囲に何も無い空間に、ポツンと1個だけ電子があったら、それはどんな形をしているのか」
ということなのです。
原子核の周囲を取り囲む電子については、上のような図解があります。
あるいは、有限の大きさの箱の中に閉じ込められた電子や、振動子として振る舞う電子の姿は、量子力学の教科書に詳しく書かれていたりします。
しかし、最も単純なはずの「電子が1個だけある状態」については、どうもこれぞといった図解が見当たりません。
試しに「自由粒子」というキーワードでググってみてください。
決して、検索結果が少ないというわけでもない。
むしろたくさん出てくるのですが、そのほとんどが何やら難しい数式の羅列で、いったい電子がどんな形をしているのかイメージが一向に湧かないのです。
検索結果の中に、こんな記述までありました。

* 量子力学のわかりにくさとは -- 自由粒子こそ難しい
 物理学的な理論を検証する場合、まず、最も単純なケースから始めるのがふつうである。量子力学の場合には、外場の存在しない自由粒子が、この単純なケースに当たるとされる。しかし、実際に量子力学の応用例をいろいろと扱っていると、自由粒子に関する議論が最もわかりにくいような気がしてくる。
 調和振動子や水素原子のような束縛系では、波動関数が有限の領域に制限されており、その形を元に物理的な状態を直観的にイメージすることは、必ずしも難しくない。エネルギーの固有状態が特殊関数によって表されるような簡単なケースになると、具体的に数式を組み合わせて状態を計算することも可能である。ところが、自由粒子の場合は、波動関数が無限に拡がった単色平面波の重ね合わせとなってしまい、具体的なイメージが湧かない。重ね合わせによって局在波を作ろうとしても、フーリエ級数の収束が悪い上に、すぐに拡散してしまうので、扱いが難しくなる。
    -- http://www005.upp.so-net.ne.jp/yoshida_n/kairo35.htm

正に我が意を得たり、「自由粒子こそ難しい」のです。

この自由粒子の謎についてズバリ答えたのが、最初に挙げた渦巻きみたいな3Dグラフです。
何もない空間を自由に飛んでゆく電子は、およそこんな形をしているというイメージで良いかと思います。
量子力学では、電子は(というよりあらゆる粒子は)複素数波動関数というもので表されます。
渦巻きみたいな3Dグラフは、その複素数波動関数をグラフ化したものです。
複素数ということなので、虚数の部分は人間が直接見たり調べたりすることはできません。
人間が直接調べることができるのは、波動関数の絶対値を2乗した結果だけなのです。
(絶対値というのは、複素数の絶対値のこと。3Dグラフで言えば渦巻きの半径のことだよ。)
上の3Dグラフの絶対値の二乗を行うと、下の図のように、中心から離れるに従って存在確率が小さくなるようなグラフとなります。

こうなると、ようやく実感がつかめてきます。つまり、最初の渦巻きみたいな3Dグラフは、
電子が誤差をともなって「だいたいこのあたりにありそうだ」という状況を複素数の世界で表していたのです。
(なぜ存在確率では波のでこぼこが無くなるかというと、絶対値=渦巻きの半径だからだよ、しつこいけど。
 つまらないことのようだけど、私はこんなところで悩んだ。)

ところで、電子のような粒子は「シュレーディンガー波動方程式」というものに従います。
周囲に何の力も働かない(ポテンシャル=0の)波動方程式は、こんなものです。
  i h~ (∂/∂x) ψ(x,t) = - (h~ ^2 / 2 m) (∂^2/∂x^2) ψ(x,t)
    (記号 h~ は エイチバー、プランク定数 h / 2 π のつもり)
なんだかごちゃごちゃしていますが、仮に x と t が独立に分離できるのだとして、x だけに着目すると
(つまり時間のことは考えずに、ある瞬間の位置だけのことを考えると)
  E ψ(x) = - (h~ ^2 / 2 m) (∂^2/∂x^2) ψ(x)
というところまで簡単になります。
この式をよく見ると、要は『波動関数ψとは、2回微分すると元に戻るものである』ということです。
2回微分すると元に戻る関数を、古典物理の範囲(実数の範囲)で探せば、答は Sin とか Cos といった波動になります。
実数の範囲を飛び出して、虚数の範囲にまで広げて考えれば、答は
  ψ(x) = ψ(0) Exp( i k x )
といった、複素数の指数関数になります。図に描くと、こんな感じです。

この複素数の渦巻きは、横から見れば(実数部だけを見れば)波になっています。だから波動関数
そしてこの複素数の渦巻きは、波動方程式の答になっているのだから、
つまり電子とはこういう形をしているのだ(?!)ということになります・・・
・・・でも、これってほんとに電子の形を表しているのでしょうか。
この渦巻きは、どこまでも、理屈の上では長さ無限大にまで続いているわけです。
1個の電子の長さって、無限大なの?
直観的には納得がいきませんが、理屈の上だけで考えるなら「電子の長さ無限大」というのも決して間違いではありません。
波動関数の絶対値の二乗は、存在確率を表していました。
この複素数の渦巻きを二乗すると、「どんな場所でも確率一定」ということになります。
つまり、この複素数の渦巻きは「電子が何処にあるのか全く何の手掛かりもない」状態を表しているのです。

しかし、「何処にあるのか全くわからない」などといった答が、果たしてものの役に立つのでしょうか。
上の「長さ無限大の複素数の渦巻き」は、理屈の上では間違っていないとは言え、直観には全くそぐわないものでしょう。
せめて、「電子はだいたいこの辺りにありますよ」くらいに気の利いた答を用意できないものでしょうか。
そこで編み出されたのが「波束」というアイデアです。
波動関数の答には、重ね合わせが成り立ちます。
もし波動方程式に ψ1 という答と、ψ2 という2つの答があったとしたら、
2つの答を重ね合わせた C1・ψ1 + C2・ψ2 もまた答として成り立つのです。
物理的に周波数の近い2つの波を重ね合わせると、うなりを生じて、波には強く振れる部分と弱く振れる部分が現れます。
この波の性質をうまく使って、ある周波数 k の波を中心に、少しだけ周波数の高い波と、低い波をうまいこと重ね合わせると、

こんな感じに「波の塊」みたいな状態を作り出すことができます。これが波束です。
一番最初に挙げた、電子の3D渦巻きのイメージは、この波束になった電子のカタチだったのです。
波をうまいこと重ね合わせる方法は、フーリエ変換という計算によってわかるのですが、ここでは省略。
重要ポイントは、波束というものが「異なる周波数の波をミックスした状態」だというところです。
この波束によって、電子のような粒子の姿がだいぶイメージしやすくなるでしょう。

ところが「電子の形=波束」というイメージを全面に押し出している教科書やホームページは、あまり見かけません。
実は、この波束には1つの致命的な泣き所があるのです。
それは、波束がいつまでも一定の形を保っていられないということ、
波束の塊がだんだん広がってきてしまう、ということなのです。
波束とは、周波数が異なる波をミックスしたものでした。
ところが量子力学では、周波数の異なる波は速度(運動量)が異なるという事情があります。
  p = h~ k  wikipedia:ド・ブロイ波
波束の塊は、もともとスピードの違う波の寄せ集めなのであって、
電子のように小さな粒子だと、あっという間にばらばらに広がってしまうのです。
いったん広く散らばってしまった波束は、また元に戻ることはないのか?
あります。
電子を観測して、位置を特定することによって、波束はまた狭い範囲に戻ってきます。
波動関数の絶対値の二乗は、粒子の存在確率ということでした。
もし観測によって「粒子がこの辺りにありそうだ」ということがわかれば、
波束の幅(確率の高い範囲)は「この辺り」の狭い範囲に絞られることになります(波束の収縮)。
観測によって、いったん波束が狭い幅に絞られたとしても、その後放っておけば、波束はまただんだん広がっていきます。
かくして、電子の波束は
 だんだん広がる -> 観測 -> 波束の収縮 -> 放っておくと、また広がる -> 観測 -> 収縮 -> 広がる・・・
といった過程を繰り返すことになるわけです。
だんだん広がったり、観測によってまとまったり、、、
といった複雑な事情があるため、電子の波束イメージはかえって描きにくいのです。
それゆえ、電子のカタチはずばりこれだっ! というイメージは、あまり表立って描かれないのだと思うのです。

もし扱う粒子が電子のように小さなものではなくて、野球のボールみたいな大きな粒子だったなら、
波束の広がりは無視できるほど小さなものになります。
そのため、この波束という見方は「マクロな粒子を量子力学から見たら、どのように解釈できるのか」
という文脈で語られることが多いようです。

今回の記事で、最初に挙げた渦巻きみたいな3Dグラフのイメージは、以下のテレビ番組から引用しました。
* とね日記 -- 番組予告:楽しむ最先端科学「不確定性原理をめぐって〜観測による擾乱に下限はあるか?〜」
この番組を、上のブログ主であるとねさんに教えてもらったおかげで自由電子の謎が解けました。どうもありがとうございます。

波束に関しては、以下のブログによくまとまっています。
* T_NAKAの阿房ブログ
波束モデル_(1), (2), (3), (4)
* アトムの物理ノート
量子力学における波束 1,  2