ニュートンはすごい!

Q.地球のように巨大な物体の引力を、中心の一点に集まっているもの見なしても良いのだろうか?

この疑問について、以前エントリーを書いたのですが、 >> [id:rikunora:20090126]
考えてみればオリジナルのニュートンさんが、この問題を扱わなかったはずはありません。

ニュートンをなやましたのは、はじめ月までの距離が正しく測定されていなかったことと、地球の引力は全質量がその中心に集まったと考えて計算してよいことの数学的証明だったといわれている。この2つが解決されて、ニュートンは運動の法則と万有引力の法則とに自信をもって惑星の運動の解明に進むことができた。
   --「物理入門コース 力学」より。

そこで、ニュートンがどのように考えたのか調べてみました。
すると驚いたことに、ニュートンは「幾何学的に」この問題を解いたことがわかったのです。
考えてみればニュートンより前には(明確な形での)微積分が無かったのですから、
ニュートン自身は、微積分無しで問題を解いていたはずです。
以下は「チャンドラセカールのプリンキピア講義」という本を参考にしました。

まずは準備運動。

命題70.定理30
もし球面上のすべての点に向かって、それらの点からの距離の2乗比で減少する等しい求心力が働くならば、その面の内部におかれた1個の微粒子は、それらの力によって少しも引かれないであろう。

ニュートンはまず、内部の詰まった地球のような球体ではなく、内部が空っぽのピンポン球のような球面を考えます。
そして、球の内部に働く引力はゼロであることを見出します。

球の内部のある一点Pに働く引力を考えてみましょう。
球面上のある小さな領域dSと、点Pを直線で結んで、その直線が反対側で球面と交わる領域をdS’としましょう。
すると、dSがPに及ぼす引力と、dS’が及ぼす引力は、ちょうど正反対になって打ち消し合うことに気付くでしょう。
なぜなら、dSの面積は、PからKまでの距離の2乗に比例し、
dS’の面積は、PからHまでの距離の2乗に比例し、
引力もまた距離の2乗に比例するからです。
全球面をこのように、dSとdS’の組で埋め尽くせば、結局のところ全球面から受ける引力は全て打ち消し合ってゼロになるでしょう。

それでは、本題。

命題71.定理31
前と同じことを仮定すれば、球面外におかれた1個の微粒子は、球の中心へと向かってその中心からの距離の2乗に逆比例する力で引かれる。

ニュートンは、球面からの距離が異なる2つの点、Pとpを比較することによって証明を行っています。


上の図は点Pが球面から遠く離れていて、下の図は点pが球面の近くにあるものです。
上下の図では、HKとhk(赤色)、ILとil(緑色)の長さをそれぞれ等しくとってあります。
このとき、図のHI、あるいはhiの部分が点P(あるいは点p)に及ぼす引力の強さを比較してみます。
HIの部分というのは、球面上ではぐるっと一周、帯のようになっている部分のことです。

上の下の引力の比は、次のように表せます。


 上の引力   PI^2   (PS)(pf)  hi   iq
 -------- = -----・--------・----・----   --- 式(1)
 下の引力   pi^2   (PF)(ps)  HI   IQ

最初に出てくる PI^2/pi^2 は、重力が距離の2乗に比例することから出てくる項。
式の中程に出てくる (PS)(pf)/(PF)(ps) という項は、上下の△PSFと△psfの形が違っているため、それを補正する項です。
hi/HI は、引力を及ぼしている部分の幅、
最後の iq/IQ という長さは、球面上を帯状にぐるっと一周している、その半径ですね。

次に、緑色の弦の中点までの比について考えてみます。


 pf PI   df  RI   RI   HI
 --・-- = --・-- = ---- = ---   --- 式(2)
 pi PF   ri  DF   ri   hi

それぞれ三角形の相似から来ています。
特に後半は、△RHI と △rhi が相似であることを用いています。

さらに、球の中心までの比を考えます。


 PI ps   IQ se   IQ
 --・-- = --・-- = ---   --- 式(3)
 PS pi   SE iq   iq

この式(3)は、△PIQ と △PSE(あるいは △piq と △pse)の相似から来ています。
式(2)と式(3)の積から、


 PI^2 (pf)(ps)   HI IQ
 ----・-------- = --・--    ---式(4)
 pi^2 (PF)(PS)   hi iq

式(1) と 式(4) を組み合わせると、


 上の引力   PS^2
 -------- = -----
 下の引力   ps^2

が得られます。

式だけ見ると、手品のようにあれよあれよと結果が出てきますけど、図を見て理解するのはとっても大変ですよ。
最初、私は全く理解できず、丸一日図とにらめっこしてようやくわかりました。
チャンドラセカールもこう書いています。
「余計なステップが全く無いことに着目してほしい。なんと無駄のない証明なのだろうか。」

そして、ピンポン球のような球面の引力が中心からの距離の2乗に逆比例することがわかってしまえば、
その球面をたくさん重ね合わせた、中身のつまった球体も同じ性質を有していることもわかります。
ひとたびわかってみると、微積分の計算を一切使わない、ニュートンの証明の鮮やかさには驚くばかりです。
さらに驚いたことに、プリンキピアは全て、このような幾何学的な証明で成り立っているのです。
プリンキピアの中で、小さな領域に分けて考える、といった発想が後の微分となり、
たくさん重ね合わせる、といったあたりが後の積分となってゆくわけです。
ニュートンはすごい!

どのくらいニュートンがすごいかって。
既に微積分や sin, cos の計算を知っている我々現代人は、例えて言うなら伝家の宝刀を有しているようなものです。
それに対して、ニュートン素手で戦っているようなものです。
で、試しに刀で斬りかかってみたところ、素手ニュートンに軽くあしらわれた・・・そんな感じです。
プリンキピアを見てみると、刀どころか、コンピューターという戦車で挑んでも、なんかニュートンには勝てない気がします。
正に巨人です、、、いまさらですが。
ちなみに、私が参考にした本ではチャンドラセカールという刀の名人が、ニュートンの証明を全て現代風にやり直しています。
これはこれですごい偉業ですが、チャンドラセカールほどの天才が刀をもってして、ようやくニュートンと対等に渡り合えるのではないかと思えます。
(チャンドラセカールはノーベル物理学賞受賞者、2001年宇宙の旅に出てくるDr.チャンドラと言えば通じやすいか。)

ニュートンのすごさを垣間見るコンテンツとして、こんなものがありました。
* リンゴが落ちたって万有引力は発見できないさ
http://www.math.sci.hiroshima-u.ac.jp/~m-mat/NON-EXPERTS/SHIMINKOUEN1999/SUGAKUKAI/res5.pdf


あと、この問題の出所となった「とね日記」には、こんな記事があります。
* これがニュートンの質点の定理の証明だ- 重心と質点の話
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/8e99a18dc34282857900216178eba029
これは、既に微積分を知っている人の「現代風の」証明ですね。