磁力線は磁石にくっついているのか?

Q.磁力線は磁石とくっついて、一体となって動くのか?
  それとも空間に放たれた時点で、もとの磁石とは切り離されるのか?

A.どちらかと言えば、切り離されると考えた方がよい。

電気と磁石の関係は、想像以上に不可思議だ。
次の装置は「ファラデーの単極誘導」として知られる発電機である。

この発電機は、1枚の金属円盤と、1個の円柱形の磁石を、同一の軸線上に置いた形をしている。

1.磁石を固定し、その上で金属円盤を回すと、金属円盤の中心と縁との間に起電力が生じる。
 これはたぶん中学校の理科で教わったことだろうと思う。

それでは、クイズ:
2.金属円盤を固定し、磁石を回したら、起電力は生じるだろうか?
3.金属円盤と磁石を、合わせて両方回したら、起電力は生じるだろうか?

答:
2.磁石だけを回しても、起電力は生じない。
3.合わせて両方回すと、起電力が生じる!

これはちょっと意外な結果だろう。
起電力とは、磁石と電荷の相対運動の結果ではなかったか。
つまり磁石に対して電線が動くか、あるいは電線に対して磁石が動いたときに生じるのではなかったのか。
なのに、
2.電線に対して磁石が動いているはずなのに、電力が生じない?
3.電線と磁石の位置関係は変わっていないのに、電力が生じている!

気の早い連中は、これは「現代の物理学では解明されていない」とか、
「この仕組みを利用して、空間から無尽蔵にエネルギーが取り出せる」とまで主張している。
そんなはずは無いと思うのだが、それではどう解釈すれば、この現象がすっきりと理解できるのだろう?

単極誘導の結果をそのまま受け止めるなら「磁石の回転は、起電力には無関係」だということになる。
これは、学校で教わった知識「磁石を動かすと電気が生じる」とは食い違う。
なぜだろうか。

表題の「磁力線は磁石にくっついているのか?」という疑問は、ここから来ている。
もし「磁力線は磁石にくっついたまま」、もとの磁石の動きに合わせて動くものだったなら、上のような結果にはならないだろう。
では、学校で教わった「磁石を動かすと電気が生じる」といった状況はどんなものだったか、もう1度復習してみよう。
磁石を動かすと電気が生じる場面は、主に次のようなものだったと思う。

A.十分長いまっすぐな電線の上で、棒磁石を横に振ってみる。
B.円環状の電線に対して、棒磁石を近づけたり、遠ざけたりする。

両方の場面に共通するのは、磁石が近づいたり、遠ざかったりすること、つまり「磁場の強さが変化している」のである。
学校で普通「磁石が動く」と言っているのは、より正確には「磁力線の密度が、上がったり、下がったりする」ことなのだ。
この意味において、磁石の動きは起電力を生じる、と言ってよい。

一方、単極誘導の場合、円柱形の磁石を回したところで磁場は強くなったり、弱くなったりしない。
磁力線の密度自体は変化していない。
これだと、磁石の動きは電気に全く関係ないのである。

もし表面に何の模様もない、ツルツルの円盤が回転していたら、ちょっと見には回転しているかどうか見分けがつかないだろう。
ジェットエンジンの吸気口にあるタービンの軸には、渦巻きの模様が書いてある。
あの模様は、エンジンが回っているかどうかぱっと見でわかるようにとの配慮らしい。
ジェットエンジンのタービンはあまりにもきれいに回るので、回っているかどうかの見分けがつきにくい。
回っていることに気付かず、エンジンに吸い込まれてしまう事故を未然に防ぐため、タービンにはわざわざ模様が付いているのだ。
もし回転する物体に何の模様もなく、全くのツルツルで摩擦も無かったら、そもそも回転しているかどうかの区別が付くのだろうか。
(回転軸を動かしてみれば、力のかかり具合で回っているかどうかの判断が付く。
 しかし、物体を外から見ただけでは、回っているかどうかの手がかりが全くない。)
単極誘導で回転する磁石は、これに近い。
外から磁力線の様子を調べただけでは、回転しているか、していないかの判断が全く付かないのだ。
なので、単極誘導の場合、磁石の動きは電気に何の関係も無かったのである。

こんなわけで、表題に掲げた「磁力線は磁石にくっついているのか?」という質問の答はやや複雑になる。
磁石の動きは、磁力線の密度が変化する場合には意味があり、そうでない場合には意味がない。
なので、この質問に対しては、「どちらかと言えば切り離されている」と答えるのが良いように思う。

磁力線という言葉は、また誤解を生みやすい。
というのは、磁石から1本、2本と数えられる目に見えない線が出ているのではないか、と思ってしまうからだ。
本当は線など出ていない。
地図の上に「等高線」という線が引かれているが、実際にその場所に行ってみても、特に何も見あたらないのと同じだ。
磁力線も等高線のような1つの記号であって、単に場の向きと強さを表しているに過ぎない。
こんなこと当たり前だろうか?
恥ずかしながら私は、かなり長い間「目に見えない線」があるものだと思っていた。
というのも、磁力線は「実験的に見る」ことができるからだ。
磁石の上に紙を置いて、その上に砂鉄をパラパラまくと、砂鉄は「磁力線」の上に並んできれいな模様を作る。
どう見ても「線」だ。
しかし、だとすれば磁力線が 2.5 本といった整数値でない状況では、一体何が起こっているのだろうか。
また、磁力線と線との間隔は、実際には何ミリなのだろうか。
この疑問は、なぜ砂鉄が線になって並ぶのかを考えれば説明が付く。
磁場の中に置かれた砂鉄は、磁化されてお互い同士の頭と尻尾がくっつき合う。
近くにあった砂鉄の粒同士が引き寄せられ、くっつき合って、結果として線の形を形成するのだ。
なので砂鉄の線の本数は、砂鉄のつぶの粗さや密度、敷いた紙の状態などによって異なってくる。
「砂鉄の線の本数=磁力線の数」ではなかったのだ。
この事情は電気力線についても同じだ。
実際に「線」が出ているわけではない。
むしろ「空間全体がのっぺりと傾いている」といったイメージに近い。
こんなこと、知っている人にとっては当たり前なのだろうが、私のような先入観を持ってしまった人も少なからずいると思うのだ。

さて、単極誘導のような装置で磁石の動きが関係ないのだとすれば、次なる疑問が生じてくる。それは、
 電線は「何に対して」運動しているのか?
ということだ。
元になる磁石の運動が関係ないのだとすれば、「磁場の置かれている空間そのもの」に対しての運動だということになる。
この疑問をはっきりさせるために、次のような状況を考えてみるとよい。

中華料理屋などによくある「回転するテーブル」を用意し、その中心に単極誘導発電機を置く。
そして、今度は金属円盤を直接回すのではなく、反対に、我々自身がテーブルに乗っかって金属円盤のまわりを回転してみるのである。
我々自身が回転した場合、起こり得るのは次の4つの場合がある。

4.金属円盤と磁石は静止し、我々が発電機の周りを回転する。
5.磁石は静止し、金属円盤と我々が一緒になって磁石の周りを回転する。
6.金属円盤は静止し、磁石と我々が一緒になって金属円盤の周りを回転する。
7.金属円盤、磁石、我々の全てが一緒になって回転する。

さて、それぞれ一体何が起こるのだろうか?

回転する物体ではややこしいので、話をもう少し単純化してみよう。
問題のエッセンスは「磁場の中で、自分も電荷と一緒に動いたとき、一体何が起こるのか」という点に集約される。

一様な磁場の中に(例えば部屋全体の天井がN極、床がS極となっている中に)、1個の電子を放り込んだらどうなるか。
例えば電子が部屋を南から北に向かって直進しようとすると、電子は磁界からローレンツ力を受けて東に曲がろうとする。
(電子の電荷がマイナスであることに注意)
それでは、同じことを部屋の中で電子と一緒になって北に向かう人から眺めたらどうなるか。
この場合、電子は相対的に「運動していない」ことになる。
であれば、磁界からのローレンツ力は働かないので、電子は曲がらないのだろうか?
そうはならない。
磁界の中を一定速度で移動している人から見れば、部屋の中は一定の、東から西へ向かう電界で満たされているように見える。
そして電子は、電界に従って東に移動するのである。

同一の現象でありながら、磁界と電界についての説明の仕方は、静止している人と、移動している人で異なっているのだ。
ややこしいので再度まとめると、
・人が部屋に対して静止、電子は人に対して運動 => 電子は磁場からローレンツ力を受ける。
・人が部屋に対して移動、電子は人に対して静止 => 電子は電場に沿って移動する。
つまり、磁場や電場(の解釈)は、見方によって変わってくる、ということなのだ。

さて、こうなると、電子は「何に対して」動いているのか、いよいよわからなくなってくる。
「磁場の置かれている空間そのもの」に対してだろうか。
上の説明だとそんな気がするが、それは最初から空間内の電場がゼロだったと仮定しての話なのだ。
もし、この部屋がうんと大きい、真っ暗な無重力空間で、
天井と床が磁石になっているだけでなく、同時に外側から一定の電場をかけていたとしたら?
部屋の中にいる限り、何が静止していて、何が動いているのか、区別する方法は無いのだ。

このお話は、実は有名なアインシュタイン相対性理論「運動している物体の電気力学について」の冒頭に書かれている。
相対性理論は、
 「電磁気の現象が、誰から見ても同じになるためには、どうすればよいのか」
という疑問から出発しているのだ。
電線と磁石の問題は、実は中学校の理科では終わらない、奥の深い問題なのである。

相対性理論の観点からすると、
 ・電場と磁場は渾然一体となって相互に変換可能であり、
 ・見る人の立場(慣性系)によって、結果が変わることはない
のである。

(さっきの4.〜7.の答はどうなるか?
 もう答はわかるはず、なので自力で考えてみてください。私はかなり悩みました。)

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実際に製作された、いくつかのタイプのモーターの動く姿をムービーで見ることができる。