定数変化法のひみつ

微分方程式を解く方法の1つに「定数変化法」があります。
この定数変化法、とても有用な方法なのですが、実際に途中で何が行われているのか、
そのカラクリがいまひとつ見えにくい方法でもあります。
まずは具体例で見てみましょう。
以下は、空気抵抗のある物体の落下速度を求める微分方程式です。
 dV(t)/dt + νV(t) = g
  t=時刻(変数)、V(t)=落下速度(求めたい関数)、ν,g=定数

とにかく上のパターンにあてはめれば答が出てくるのですが、
なぜこれで答になるのか、想像が付きますか?
私が最初に知ったときには、特に、上で「Why」と書いたところの意味が全くわかりませんでした。

疑問1:Cという定数を、やおらC(t)という関数に置き換えているが、これは一体何をやっているのか。
疑問2:「斉次解」+「特解」=「一般解」って、一体どういうこと?

もし私が教科書の類を一切見なかったとしたら、たぶん10年考えたって、こんな解法は思い付きません。
その位、画期的なアイデアだと思うのです。

まず、疑問2:「斉次解」+「特解」=「一般解」の意味を考えてみます。
それぞれの解をグラフに描くと、こんな風になります。

確かに、「斉次解」+「特解」=「一般解」になっていますね。
空気抵抗のある物体の落下速度は、最終的には終端速度 g/νに近づいてゆきます。
「特解」というのは、最初から終端速度 g/νで物体を落とした場合の速度変化(つまり速度一定)を表しています。
「斉次解」というのは、仮に終端速度が0だった場合の挙動、
つまり物体の速度がだんだん一定値0に近づいてゆく様子を表しています。
最終的な答「一般解」は、終端速度が0だった場合の答に、終端速度 g/νを足し合わせた形になっています。

空気抵抗の1例だけでは良く分からないので、もっと他の例も見てみましょう。








グラフの様子を眺めると、
* 斉次解 = 全体的な傾向
* 特解  = 1つの基準ライン
* 一般解 = 全体的な傾向を、基準ラインに重ね合わせたもの
といった感じになっています。

それでは、いつでもこの「斉次解」+「特解」=「一般解」が成り立つのでしょうか。
こんな例はどうでしょう。

やってみると分かるのですが、同じようなやり方で解こうとしても、上手くゆきません。
つまりこの「定数変化法パターン」は、いつでも上手くゆく万能解法ではなかったのです。
上手くいかなかった原因は、V(t)^2 という2乗の項が入っていることにありそうです。
では、どういった場合に定数変化法が使えて、どういった場合にダメなのか。

いま仮に、とある(1階の)微分方程式が、斉次解 V0と、特解 Vspを持っていたのだとします。
このとき、「斉次解」+「特解」=「一般解」となるためには、どういった条件が必要なのか。
試しに2つの答を足し合わせてみましょう。すると・・・

上で、赤文字でラッキー!と書かれている部分、つまり、

  f V0 + f Vsp = f (V0 + Vsp)

となっていれば、答の足し合わせができる、ということに気付くでしょう。
もし f が単純に1次式、V(t)を含まない tのみの関数であれば、答の足し合わせが可能です。
しかし、もし f が V(t)^2 といったような関数だったなら、答の足し合わせができません。
これこそが、足し合わせによって微分方程式が解ける秘密だったのです。
このように答の足し合わせが可能な性質のことを「線型性」と呼んでいます。
一般的な線型性の定義は、次の通り

 加法性: 任意の x, y に対して f(x + y) = f(x) + f(y)
 斉次性(作用との可換性): 任意の x, α に対して f(αx) = αf(x)
  が満たされることである。 >> wikipedia:線型性

微分方程式の場合、具体的に線型性が成り立つのは、

 微分方程式が、求める関数 V(t)、V'(t)、V"(t)・・・について1次式になっている

ことです。
微分方程式が線型だと、元の方程式をバラバラに分解して、1つずつ個別に潰すことが可能になります。
例えば元の微分方程式に100個の項があったとしても、そのうちの98個をとりあえず0にして、
まず最初の2個の関係式を求める。
2個の関係がわかったところで、3個目の項を元に戻して「答の足し合わせ」を行う。
3個の関係がわかったところで、4個目の項を元に戻して「答の足し合わせ」を行う。
4個の関係がわかったところで、5個目の項を元に戻して「答の足し合わせ」を行う。
  ・・・
こんな風に1つ1つ順番に各個撃破すれば、理屈の上では線型な微分方程式は必ず解けることになります。
※ 世の中には、線型なのに解けないマニアックな微分方程式もあるらしいです。
※ 解けない微分方程式をめぐって >> www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kenkyubu/kokai-koza/takei.pdf
※ 私にはよくわからないので、ここでは原則論として線型=解ける、ってことにしましょう。

こうして、まず疑問2:「斉次解」+「特解」=「一般解」の意味が明らかになりました。
答の足し合わせが成り立つのは、元の微分方程式が線型性を有しているということ。
1次式の場合に限って足し合わせができる、ということだったのです。

では次に、残るもう1つの疑問1:C(t)という関数の意味を考えてみましょう。
そのためには、C(t)という関数のグラフを、もとの微分方程式のグラフの上に重ねて描いてみるのが有効です。
t : V(t) の2次元のグラフ上に、もう1つ、C(t)という軸を加えて3次元にしてみます。
最初の空気抵抗の例で示せば、こんな感じ。

変化する定数C(t)を図示すれば、このような3次元のグラフになるでしょう。
もともと、積分定数Cの意味は、たくさんある斉次解の不定性を表すものでした。
Cを変化させると、上の図の C1 -> C2 -> C3 -> C4 -> C5 のように、斉次解は滑らかに移動します。
ここでC(t)を上手い具合に調整すれば、 t : V(t) の2次元平面上に、
思うがままの軌跡が描ける、ということに気付くでしょうか。
斉次解の曲線群は、あたかも等高線のようにグラフ全体を覆っています。
そこで、どこで(どの tで)、どの等高線を選び取るかを指定すれば、
等高線の間を結ぶ一本の軌跡が描けることになります。
等高線の選び方とは、C1〜C5 のように、積分定数の値を順番に指定してゆくことと同じです。
この C1〜C5 の指定のやり方が、すなわち定数変化C(t)のことなのです。
つまりC(t)の計算とは、
 「元の微分方程式の答となる軌跡を描くように、上手い C1〜C5を選びなさい」
という意味だったのです。
上の空気抵抗の例では、C1〜C5によって、特解 V(t)=g/νという一本の軌跡を描き出しています。
このようにして、Cを上手い具合に動かして、特解の軌跡を見つけ出すというのが、定数変化法の主旨だったのです。

1つでも特解が見つかれば、後は「線型性」、答の足し合わせによって、残りの答を全て導き出すことができます。
以上が定数変化法の全容なのですが、こうして改めて見ると、あまりにも巧妙な手法であることに驚かされます。
最初に考え付いた人は、天才ですね。
ウィキペディアによると「ラグランジュの定数変化法」とも呼ばれているらしいので、ラグランジュさんの発想なのでしょうか。
似たような名前の計算に「ラグランジュの未定乗数法」というものがあって、
そういえばどことなく似たような発想に基づいているようにも思えます。
* ラグランジュの未定乗数法のイメージ >> d:id:rikunora:20110210