なぜ自転車は倒れないのか(2)

自転車のハンドルは、いくぶん斜めに傾いていて、フロントフォークの先端は前方に曲がっています。

なぜこのような形をしているのか。
実は、このフロントフォークの形状に、自転車が倒れずに走る秘密が隠されているのです。
>> この記事は [id:rikunora:20100116] の続きになります。

家具や椅子の足の下には、移動するのに便利なタイヤ、キャスターが付いているものがあります。

キャスターをよく見ると、支えになる棒はタイヤの中心軸の真上にあるのではなく、いくぶん前方に取り付けられています。
なぜ前方に取り付けられているのか、その理由は実際にキャスター転がしてみればすぐにわかることでしょう。
タイヤがフラフラ向きを変えずに、まっすぐ進むためです。
家具を前方に押し出せば、タイヤはちょうど風になびく旗のように、まっすぐ後に向くというわけです。

さて、このキャスターと自転車を比較すると「曲がっている向きが反対だ」って思いませんか?
キャスターは、支えの棒に対してタイヤが後ろ側に付いているのに、自転車は支えの棒より前にタイヤが付いている。
直感的に考えるなら、フロントフォークの形状はむしろ逆向きに曲がっているのが正しいのではないでしょうか。

いったいどんな角度で取り付けたら、タイヤは安定するのか。
CD-ROMと割り箸で車輪を作って試してみました。

簡単な工作なので、ぜひお試しあれ!
写真だとちょっと分かり難いですけれど、車軸のボール紙は、わりばしの中心を外して取り付けられています。
実際にいろんな角度でCD-ROMを転がしてみると、写真のような角度が最もコントロールしやすいことがわかります。
車軸がわりばしの下側に付いていることに注目。
つまり、最も安定して車輪を転がすことができるのは、下の図のような形状だったのです。

ハンドルに大きな影響を与えるのは、図に示した3カ所です。
・ヘッドアングル = 支えの棒の角度
・オフセット = 支えの棒とタイヤの中心間の長さ
・トレール = 支えの棒の延長線が地面に接する点と、タイヤが地面に接している点の間の長さ
特に重要なのはトレールの長さ。
トレールが長ければ長いほど、タイヤはまっすぐに安定します。
なぜ安定するかと言えば、キャスターと同じ理屈です。
タイヤがただまっすぐに安定することだけを考えれば、フロントフォークの曲がり具合=オフセットは、
むしろ通常の自転車の逆向きにすべきなのです。

以上、キャスターの理屈とCD-ROMの実験から考えると、自転車の形はこうなるはずです。

でも、なんだかかっこわるいですね。
特に、ハンドルが思い切り前方に突き出しているので、操作がやりにくそうです。
極端にハンドルを前方に突き出さずとも、同じ効果を得る方法は無いものか・・・

そこで編み出されたのが、ハンドルを斜めに寝かせるという方法です。
ハンドルを斜めにすることによって、トレールの長さをかせぎ出し、キャスターとほぼ同じ効果を生み出すことができます。
しかし、実際の自転車を見ると、フロントフォークは前方に曲がっています。

フロントフォークを前方に曲げると、トレールはむしろ短くなります。

フォークを曲げるということは、わざわざ手間をかけて「まっすぐ安定して走らないように」しているのです。
なぜこんなことをするのか。
これまで「タイヤがまっすぐ安定する」ことばかりに着目したのですが、
実は自転車には「まっすぐ安定する」以外に、もう1つ外せない条件があるのです。
それは、「傾けても倒れない」という条件です。
このことは、通常の自転車と、上に登場した「逆オフセット車」を比較すればはっきりします。

もし「逆オフセット車」を少しだけ傾けると、車輪は傾いた向きとは逆の側に出っぱることになります。
そうなると、車体の支えがなくなってしまい、傾きはますます大きくなるでしょう。
つまり、「逆オフセット車」は車体の傾きに対してひどく不安定なのです。
一方、通常の自転車は、車体を傾けたとき、傾いた向きに車輪が曲がります。
車体の傾きを車輪が支える格好になるので、安定してハンドルが切れるというわけです。

自転車のハンドルには2つの条件が必要です。
 1.直進安定性
 2.車体の傾きに対する安定性
1.については、トレールが大きいほど、まっすぐに走るようになります。
だからといって「逆オフセット車」のようにトレールを大きくすることばかり考えていると、
2.の傾きに対する安定性が失われます。
2.は、ヘッドアングルとオフセットをとることによって得られます。
しかし、2.のことばかり考えていると、今度は1.の性質が失われます。
結局のところ、どうするか。
「目的に合わせて、1と2のバランスをとった、絶妙のフロントフォークにする。」
これがベストでしょう。
例えば、高速で走るロードレーサーであれば、カーブ時に強い遠心力がかかります。
車体は遠心力に釣り合うくらい傾けなければなりません。
車体を大きく傾けるので、2.の効果は小さくてよい。
なので、オフセットは小さめになる。
オフセットが小さくなった分、トレールを適正に保つため、ヘッドアングルは大きくなります。

以上、なんだかんだと理屈を付けましたが、結局のところ「案ずるより産むが易し」であるように思います。
前回の記事でも触れましたが、たとえ「ハンドルは地面に垂直、オフセットなし」という自転車であっても、
人間は何とか乗りこなしてしまうものです。(あまり快適ではありませんが)
昔のダルマ型自転車なんてものを見ると、やはり「ハンドルは地面に(ほとんど)垂直、オフセットなし」です。
それでも当時の人は、あの形状の自転車を乗りこなしていたはずです >> wikipedia:ペニー・ファージング
あるいはもし上の理屈が全てだったなら、一輪車なんて絶対に乗れないはずでしょう。
やはり最後のオチは、
・そもそも人間のコントロールが素晴らしい。
・その上で、絶妙のフロントフォークを作れば、人間の力を最大限に発揮できる。
ってことで。