なぜ自転車は倒れないのか

よく「ジャイロ効果」のため、といった説明が為されているのですが、本当でしょうか?
ジャイロ効果とは、“コマを立たせている効果”のことです。

外部から自転軸を回すようにモーメントが加えられるとき、加えられているモーメントの軸及び自転軸と直交する軸について振れ回り運動をする性質
-- wikipedia:ジャイロ効果 より.

自転車が倒れないのは、コマと同じでジャイロ効果のためだろう・・・
私も長らくそう思っていたのですが、この常識(?!)を覆す、奇妙な自転車があったのです。

こんなに小さな車輪でも、問題なく走ることができる。
これを見れば「自転車って、本当に車輪の回転で立っているの?」って思いますよね。
でも、小さい車輪は、大きな車輪よりも高速に回転しています。
なので、案外小さくても自転車を立てる力は変わらないのかもしれません。うーむ・・・
果たして「ジャイロ効果」は、自転車にどの程度の影響を与えているのでしょうか。

* なぜ慣性モーメントは2乗なのか.

天秤にかかる作用の大きさは「腕の長さx重さ」になっている。
このことは、“てこの原理”として知られています。

ところがこれは、釣り合って静止している天秤の話。
回転して動いている物体については、似て非なる「慣性モーメント」というものがあります。
慣性モーメントとは、物体の回転のしにくさをあらわす量のことです。>> wikipedia:慣性モーメント
物体を回してみたときの「手応えの大きさ」と言ってもよいでしょう。
慣性モーメントは、次のようにして計算します。
  [慣性モーメント] = [長さ]x[長さ]x[重さ]
あれ、さっきの“てこの原理”と微妙に違っているぞ?
“てこの原理”のときには
  [力のモーメント] = [長さ]x[重さ]
だったのに、慣性モーメントでは、[長さ]を2回掛けています。
なぜ“てこの原理”は長さの1乗で、慣性モーメントだと長さの2乗なのか?
それは、天秤と回転運動で、考え方の基準が異なっているからです。
“てこの原理”では、「同じ力で釣り合っている場合」のことを考えていました。
一方、回転運動では「同じ角度だけ回転した場合」のことを考えています。
同じ角度だけ回したなら、腕の長さが長ければ、それだけ長い距離を移動しなければなりません。

ある物体Aと、腕の長さを2倍に延ばした物体Bで比較してみます。
まず、物体Aと物体Bを同じスピード(角度ではなく直線でのスピード)になるまで加速するには、
てこの原理によって、BにはAの2倍のトルク(回転する力)が必要となります。
でも、直線で同じスピードになっても、それだけではまだ不十分なんです。
BはAより外側にあるので、同じ角度だけ回すためには、BはAの2倍進まなければなりません。
(1) まず、直線で同じスピードに並ぶために、長さに比例したトルクが必要で、
(2) 次に、同じ回転角度になるために、長さに比例したスピードが必要。
ということで、慣性モーメントには (1) x (2) の、長さの2乗が掛かるわけです。

* ジャイロ効果とは.

重さのある物体には慣性が付きます。
それは回転している物体でも同じことで、ひとたび回転した物体は、できるだけ現状の回転を維持しようとします。

いま、回転している自転車の車輪を、横に倒してみたとしましょう。
車輪が倒れることによって、図の緑色の矢印のところにずれが生じます。
車輪はできるだけ現状の軌道を維持しようとしますから、図の赤色の矢印に相当する力が働きます。
これがジャイロ効果による力です。
図では車輪の手前と奥の、2カ所についてのずれが描かれていますが、
それ以外の箇所ではどうなっているのでしょうか。
車輪のてっぺんと一番下では、傾けることによってずれが生じません。
矢印(ベクトル)が平行移動するだけです。
なので、てっぺんと一番下には、特別な力は働きません。
手前とてっぺんの中間の、斜めの箇所ではどうなるか。
斜めの箇所では一部だけ、斜めになっている垂直成分だけがジャイロ効果に寄与します。(つまりSin成分だけ寄与します)
かくして車輪全体では、図の赤い矢印を足し合わせたような力が働くことになります。
図の右側に、ジャイロ効果による力だけを抜き出してみました。
図をじーっと見るとわかるのですが、結局のところ
「車輪を左側に倒そうとすると、ハンドルを左側に切るような力」が働きます。
自転車が左に倒れそうになったら、自然にハンドルが左側に切れて、車体を元に戻そうとする・・・
これがジャイロ効果による自転車の説明です。

* 車輪が小さくなったなら.

それでは、車輪が小さくなった場合、ジャイロ効果は慣性モーメントに比例して極端に小さくなるのでしょうか。
車輪の慣性モーメントは、半径の2乗に比例します。
もし車輪の大きさが半分になったら、慣性モーメントは 1/4 になります。
ところが、その一方で、小さい車輪ほど回転は速くなるという事情もあります。

自転車が同じスピードで走った場合、車輪の回転速度は、半径に反比例します。
なので、慣性モーメントの2乗と、回転速度の反比例を合わせて、
ジャイロ効果は車輪の半径に比例する、ということになるでしょう。

同じことを、別の角度から眺めてみましょう。
上の図では、小さな車輪と大きな車輪を並べて描いてあります。
自転車が同じスピードで進んでいたなら、図に描いた4つの矢印の大きさは、全て同じになります。
なので、車輪の一番手前と奥の2点だけで比較するならば(直線で比較して)
小さな車輪も大きな車輪も全く同じだけの力が働くことになります。
ところが車輪全体で見ると、大きな車輪の方が小さな車輪よりも外周が長い。
力を働かせる線の量自体が、車輪の大きさに比例しています。
なので結局のところ、ジャイロ効果は車輪の大きさに比例している、というわけです。

※ ここでは、車輪の重さは全て外周のリムに集まっているものとしました。
※ 中にあるスポーク部分は無視しています。
※ また、車輪の外周は、大きくても小さくても同じ材質で出来ているものとしました。
※ 実際には小さい車輪の方が剛性が高くなるので、より軽く作れることでしょう。
※ [ジャイロ効果] = 1/2・(Ixω^2) Cosθ と考えています。
※ ジャイロ効果に関連する要素
※  m:重さに比例
※  r:半径の2乗に比例
※  ω:回転数(速度)の2乗に比例
※  (v:ωを速度に換算した場合半径の効果が相殺されて消える)
※  θ:傾き角度。元の角度からどれだけ傾いたか。
※ -- Yoろしくメカドック ヨーヨーの力学、より.
※   >> http://plaza.rakuten.co.jp/yetblog/5000
※ 上にもあるように「ωを速度に換算した場合半径の効果が相殺されて消える」ので、
※ 最終的にジャイロ効果は m に比例する、と考えました。

結局のところ、ジャイロ効果は車輪の大きさに比例するものと考えられます。
車輪の材質まで考えると、多少のずれはあるかもしれませんが、
とにかく最初の写真のように極端に小さな車輪では、ジャイロ効果はほとんど期待できないようです。
そうなると、最初の疑問に戻って、一体なぜ自転車は倒れないのでしょうか?
ジャイロ効果で無いとすれば、何なんだ。
この問題を解くヒントになる、もう1台の自転車があります。

それは、最初の自転車に似て極端に車輪が小さくて、かつ、ハンドルが地面に対して垂直に立っている、というものです。
この垂直の自転車、試しに乗ってみると、とても不安定で乗りにくいのです。
乗りやすい自転車との違いは、ハンドルが斜めになっているか、垂直か、の差です。
(この自転車、私は昨年の CYCLE MODE 2009 というところで試乗しました。
 残念ながら写真は撮っていなかった。)
つまり、自転車の安定には、ハンドルが斜めになっていることが重要だったのです。
斜めになっていると、ハンドルを曲げたときに、車体全体がハンドルを切ったのと反対側に膨らみます。
この膨らみが、自転車が倒れようとする力とバランスをとって、車体を安定させるのです。

ハンドルが垂直になっていると、自然な形で「くの字」にはなりにくいでしょう。

* 自転車はなぜたおれずに走れるの?
 >> http://www.asahi.com/edu/nie/tamate/kiji/TKY200505230230.html

それでは結局のところ、自転車が立っていられるのは、ハンドルが斜めになっているからなのでしょうか。
残念ながら、そうでもないようです。
なぜなら、実際にちょっと練習すれば、ハンドルが垂直の自転車にも乗れるようになるからです。
確かに、ハンドルが斜めの自転車に比べると乗りにくいのですが、決して走れないわけではありません。
「キックボード」という乗り物を見ると、極端に小さなタイヤで、ほとんど垂直に近いハンドルなのに、
たいていの子どもたちは苦もなく乗りこなしています。

ジャイロ効果でも無し、ハンドルの角度でも無し。さて、困った。
なぜ自転車は立つのだろう?
あれこれ考えた末、私の結論はこうです。
 「人間のコントロール能力が、とてつもなく優れているから。」
確かに、ジャイロ効果も、ヘッドアングルもあるでしょう。
でもそれ以上に、乗り手である人間が、実に巧妙に制御しているというのが一番の要因であると思うのです。
考えてもみて下さい。
二足歩行だって、いざ機械にやらせてみれば、実に精巧なコントロールを必要としますよね。
そこまで高度なコントロールが行える人間だからこそ、自転車での走行が可能となっているのではないでしょうか。
もっと上手な人であれば、スタンディング状態で、ほとんど静止したまま自転車で立つことさえできます。
こうなってくると、もう「乗り手が上手い」という以外の答は出てこないでしょう。
物理的な解答にはなっていませんが、最終的に
「人間が精巧にコントロールしている」という以外、私には思い付きませんでした。

※ ネットを検索したところ、既に全く同じ質問が挙がっていました。
* 車輪の極端に小さい折りたたみ自転車が倒れてしまわない理由を教えてください。
>> http://q.hatena.ne.jp/1218425427
ここでも、ジャイロ効果は小さいという意見が挙がっていました。

※ おまけ.
秋葉原近辺を歩いていたところ、こんな自転車を見かけました。

さすが秋葉原、思わず写真に収めた。
どうやらこの自転車は、物理的には説明不能な力で走行しているようです。

* (2)に続く >> [id:rikunora:20100124]