なわとびのハーモニクス

両端を固定した弦を揺さぶると、定常波と呼ばれる波動が生じます。
バイオリンやギターなどが弦の長さによって音程を変えられるのは、この定常波の為せる業です。
弦は両端が固定されているため、通常は端に行くほど振れ幅が小さく、中央が最も大きくふくらんだ形になります。
ところがバイオリンを上手に使うと、弦の途中にも振れない点、いわゆる「節」を作ることができます。
節ができると、普通にバイオリンを弾くよりもずっと高い音が出せるのです。
こういう演奏方法のことを「ハーモニクス奏法」と言うのだそうです。
* ハーモニクス(フラジョレット)奏法で倍音の実験
>> http://www.osaka-kyoiku.ac.jp/~masako/exp/kichu/urawaza/flageolett.html

それでは、この「ハーモニクス奏法」なるものは、バイオリン以外のものでもできるのでしょうか。
身近なところで、なわとびで試してみたらどうなるか。
なわとびを普通に回すと、中央が最も大きくふくらんだ形になるのですが、
うまく回せばこんな風に、なわの間に「節」を作ることができるでしょうか?

そもそも、なわとびを回したときに出来る形とは、一体どのようなものでしょう。

なわとびのひも(ロープ)のまわっている形はふつうの力学の教科書に記述がない。
これは実はヤコビの楕円関数 sn で与えられる曲線の形なのである。
    -- 楕円関数入門(戸田盛和)より.

重力の影響を無視して、なわが遠心力だけでふくらんだ場合、
なわとびの形は「ヤコビの楕円関数sn」というものになります。
楕円関数って何だ? 何だか難しそう・・・などと悩むよりも、むしろ逆に、
「楕円関数とは、なわとびを回してできた形のこと」なのだと思った方が気が楽です。
いちおう楕円関数snの定義は、こんな風になっています。

楕円関数snは、三角関数sinの発展形のような形をしています。
snという記号も、sinに似ているのでこのように書いています。
(そういえば、なわとびの形もsinに似ているでしょう。)
上に書いた式の、上半分はsinの逆関数についての積分です。
このsinの逆関数積分の分母に、もう1つおまけに (1-k^2 x^2) を付けくわえたのが、
楕円関数snの逆関数についての積分なのです。
式中の k は母数と呼ばれていて、おおざっぱに言えば sin からのずれの度合いを示す数字です。
k=0 のとき、sn は sin に一致します。

なわとびの形は、懸垂曲線と同じ計算方法によって求めることができます。
懸垂曲線とは、重さのあるロープの両端を持ってぶら下げたときにできる形のことです。
* 懸垂曲線:
 ロープの長さが一定のとき、重力による位置エネルギー最小となる形.
* なわとびの形:
 ロープの長さが一定のとき、遠心力による位置エネルギー最小、つまり慣性モーメント最大となる形.

懸垂曲線が ∫y ds のところを、なわとびでは ∫y^2 ds に置き換えただけなのです。
なので、懸垂曲線の解き方を参考にすれば、なわとびの形も計算できるはず・・・
・・・なのですが、実際にやってみると鬼のような計算になるので、ここでは省略(^^;)
どうしても知りたい人は「楕円関数入門」という本を見てください。
結果は最初に挙げた通り、楕円関数 sn になります。

さて、なわとびの形が分かったところで、当初の疑問であった
「なわとびで節が作れるのか?」に答えましょう。

「このような多くの節点をもつ形は不安的であるに違いない」
どうやら計算上、節を作ることはできそうにありません。

・・・と、長い間、私は信じてきました。
「なわとびで節を作るのは無理である」と。
しかしながら、最近、この計算結果を覆す記述を発見したのです!
* 長縄跳び
>> http://www.zkaiblog.com/hi07/17135

通常,長縄跳びを回す際の波(回転)は,腹が1つの定常波とみなせます。
この状態から回転を上げ,うまく回すと,腹が2つ(中央が節)の定常波が生じます。
さらに回転を上げれば,定常波の腹の数を3つ,4つ,5つ,…と増やすことができるはずです。
が,今のところ,4つが限界です。

そんなバカな。
あの楕円関数の計算が、間違っていたとでも言うのか。
そこで、とにかくなわとびを入手して回してみたところ、、、
できました!
確かに、腹の数が2つであれば、普通のなわとびで簡単に作ることができるではありませんか。
ここに至って、私は計算と理屈ばかりを追う余り、
自分で実際に1度もなわとびを回していなかったことに改めて気付かされました。

それでは、楕円関数の計算は間違っていたのでしょうか?
いいえ、計算そのものが間違っていたわけではありません。
前提である、「なわとびの形は(いつでも)慣性モーメント最大となる」が間違いです。
節ができている場合、なわとびは当然ながら慣性モーメント最大形ではありません。
にも関わらず、なぜ形を維持できるのか。
答は、なわを回す人が常にエネルギーを送り込んでいるから。
常にエネルギーが送り込まれていれば、もはや最も安定な状態になっている必要などないのです。
教訓:「たまには計算をやめて、実際にやってみよう」

楕円関数入門 (日評数学選書)

楕円関数入門 (日評数学選書)

※ひょっとして、この「楕円関数入門」を書いた先生も実際になわとびを回していなかったのでは?
※でもよく見ると「不安定である」と書いてあるだけで、決して「できない」とは書いていない・・・
※一応名誉のため付け加えておくと、この「楕円関数入門」はとっても良い本。
※楕円関数というひどく抽象的なものに、具体的なイメージを与える貴重な本だと思う。