魚のしっぽの新型うちわ

うちわは暑い夏の日に欠かせないアイテムだ。
うちわをよく見ると丸くてかわいらしい形をしているが、現代のデザイン感覚からすれば、少々やぼったくはないだろうか。
下の絵を見て欲しい。

流体をぱたぱた扇ぐものとして、最も洗練された形は「魚のしっぽ」ではないかと思う。
まぐろのしっぽは、ピンと張った三日月型をしている。
あれが高速で海中を進むのに最も適した形なのだ。
人間が作ったものでも、たとえばジェット機の翼はV字型をしている。
あれが空気抵抗の少ない、最も効率の良い形なのだろう。
こういった「流体を切り裂く板」に比べて、うちわはあまりにもダサい形をしていないか。
魚のしっぽのように、ジェット機のように、鋭く尖ったうちわの方が、もっと効率よく風を送ることができるのではないか。
そう考えて、さっそく実験してみた。

写真の向かって左が普通の形状のうちわ。
右が新型の「魚のしっぽ型うちわ」である。
どちらも同じ段ボール紙でできており、面積もほぼ等しい。
さっそくぱたぱたやってみたところ・・・あれ? あれれ?!
不思議なことに、従来型の、やぼったいうちわの方がずっと多くの風が来た。
両者の違いは劇的だった。
ほんのわずかの差ではなく、尖ったうちわは全然だめだったのだ。

なぜ非効率的に見える従来型うちわの方が、より多くの風を送ることができるのだろうか。
実は、うちわというものは「非効率的なほど役に立つ」とても不思議なものだったのである。
うちわの起こす風は、一見簡単なように見えるが、実は思ったよりも複雑だ。
うちわというものを、ピンポン球を打つラケットのようなものだったと考えてみよう。
すると、風が一番来るのはうちわの面の正面になるはずだ。

ところが、実際に風が来るのはうちわの上側であって、正面にはほとんどやってこない。
これは不思議なことではなかろうか。
実際のところ、うちわの送る風はどのようになっているのだろうか。

ピンポン球と空気の違いはどこにあるか。
ピンポン球は打てばまっすぐに飛んでゆくが、押された空気はより気圧の低い場所に移動する。
うちわを振ったとき、押されて気圧の高くなった空気は、気圧の低いうちわの裏側に流れ込む。
つまり、うちわによって引き起こされる空気の流れは「表側から裏側へ」なのである。
空気が表から裏に移動する際に、流れが乱れて渦が生じる。
うちわの縁で生じた渦は、そのままうちわの外側に向かって進行する。
1回扇ぐたびに1個の渦が、うちわから発せられるわけだ。
なので、うちわから来る風は扇風機の風のように真正面からやって来るのではない。
1回1回、渦が少し横から撫でるようにやってくる。
この感覚が心地よいのだ。

さて、以上のうちわのメカニズムがわかると、なぜ「非効率的なやぼったいうちわ」の方が役立つのか、謎が解けてくる。
そもそも、うちわとは「乱流発生装置」だったのだ。
より空気の流れを乱す、抵抗が大きいものほど多くの風を引き起こせるのである。
魚のしっぽやジェット機は、これとは反対にいかに乱流を少なくして、抵抗を小さくするかを目的としている。
なので、もし魚のしっぽ型のうちわを作ったら、うちわとしては最も都合の悪いものになってしまうのだ。

ということで、伝統のうちわ型には、やはり意味があった。
ある意味「非効率」を追求したデザインが、ふんわりと人の心を癒すのだ。

* おまけ -- うちわ対せんす

せっかくなので、うちわとせんすはどの程度涼しさが違うのか、比べてみた。
せんすの方が携帯するための無理があるし、縁も尖っているので、うちわの方が有利ではないか。
これが当初の予想だった。
しかし、実際に扇いでみればわかることだが、うちわとせんすではほとんど涼しさに差が無い。
これはどうしたことか。

うちわとせんすを並べて比較してみて欲しい。
実は、完全に広がった状態だと、せんすの方がうちわよりも面積が広いのだ。
しかも縁の尖った部分は横に来ているので、風を送る部分にはほとんど影響を与えない。
試しにせんすを少しすぼめて、うちわと同程度の面積にしてみると、少しだけうちわの方に分があるようだ。
きっとせんすのデザインは、うちわと比べて遜色無い程度にまで広げた結果、このようになったのだろうと思う。


なお、写真ではせんすの絵柄がアレっぽくて気になるところだが、絵柄は風力には何の影響も与えていないものと考えられる。
以上。