楕円面上の測地線

丸い地球の上を、どこまでもまっすぐに進んでいったら、いつしかグルリと世界一周して元の地点に戻ってくるでしょう。
球面の上に引いたどんな直線も、延長すれば大円となって、赤道のように球面を一周してきます。
それでは、球面を潰した楕円面であったなら、表面に引いた直線はどんな軌跡を描くのでしょうか?
実は地球も完全な球形ではなくて、赤道半径の方が少しだけ長い回転楕円体に近い形をしています。
ということは、地球の上をどこまでもまっすぐに進んでいっても、ぴったりと出発地点に戻ってこないのでしょうか。

曲がった楕円面の上で「まっすぐに」引いた線を想像するのは、それほど簡単ではありません。
なので、まずはもっとわかりやすい、円柱面と円錐面から考えてみることにしましょう。
円柱と円錐のわかりやすいところは、平面の展開図が作れることです。
展開図の上で引いた直線が、曲面の上を「まっすぐに」歩いた線になります。

円柱の展開図の上に直線を引いてみると、
その軌跡は螺旋階段のように、ぐるぐる回りながら上昇(下降)する線となることがわかります。
ちょっと意外なのが、円錐の上の「まっすぐな」線。
当初、私はドリルの渦巻きのように、円錐の先端に集まる渦巻きを想像していたのですが・・・

実際には違います。
展開図の上で直線を引いてみると、下から上に上がっていった直線は、
円錐の頂上付近で向きを変え、やがてまた上から下に戻ってゆきます。
上の展開図で言えば、角度α同士が等しくて、角度β同士が等しいわけなのですが、
これって立体にすると、どんな線になっているのでしょうか?
そこで、円柱と円錐の上にまっすぐにテープを貼って確かめてみました。
こんな形になります。

円錐の上に貼ったテープは、ちょうどネクタイが首の回りを一周するように、クルリと回って戻ってくるのです。

この円錐の「クルリと回って戻ってくる」感覚は、楕円面を想像する際のヒントなります。
というのは、楕円面の尖った部分に向けて延長していった「まっすぐな」線は、
きっと先っぽの方で「クルリと回って戻ってくる」と想像されるからです。
フランスパンのように、うんと細長い楕円面を想像してみましょう。
うんと細長い楕円面であれば、「円柱の先を半分に切った球でフタをした形」で近似できるでしょう。
この円柱+球面といった形の上で、「まっすぐな」線はどのような軌跡を描くのか。

円柱の上を螺旋を描いて進んできた線は、端の球面の上で大円を描いて向きを変えて、
再び円柱の上を螺旋を描いて戻ってゆくことでしょう。
楕円面上の「まっすぐな」線は、この円柱+球面の立体を滑らかにしたようなものだと想像されます。

それでは実際に、楕円面の上に線を引いてみましょう。
フランスパンの上に、まっすぐにテープを貼っていったところ、こんな風になりました。



螺旋を描きながら楕円の尖った端に向かって進んでいったテープは、
端の付近でクルリと向きを変えて、逆向きに戻ってゆきます。
戻っていったテープは、反対側の端でも同じように反転し、
再び螺旋を描いてもとの向きに進んでゆきます。
結局のところ、テープは楕円面の上を行ったり来たりして、
クロス状の軌跡を残して一巡するのです。

次に、もう少し離心率の小さい、丸っこいパンで試してみました。



フランスパンに比べると、一見でたらめにテープをぐるぐる巻にしたように見えます。
でもよく見ると、何となくクロス模様を描きつつ、面の上を行ったり来たりする様子がうかがえないでしょうか。
テープがちょうど一巡して元の地点に戻ってくるかどうかは、
楕円面の形状とテープを貼った角度によって変わってくるようです。
上のフランスパンのときには、テープはたまたまぴったり一巡しましたが、
下の丸いパンではぴったり元の地点に戻らずに、少しずれて2巡目、3巡目に入っています。
このぐるぐる巻きテープの軌跡は、リサージュ曲線と似たところがあります。
* リサージュ曲線 -- Weekend Mathematics
>> http://www.junko-k.com/jyoho/simulation/flash-reserge.htm
>> wikipedia:リサジュー図形
リサージュ曲線というのは、縦横の振動比が有理数の場合にはもとの地点に戻ってくるのですが、
振動比が無理数の場合には、少しずつ軌跡がずれていって、もとの地点には戻ってきません。
楕円面上の「まっすぐな」線は、感覚的にはこのリサージュ曲線を面の上に貼り付けたような感じになっています。
 ・ちょうど有理数比になっているときは、一巡して元の地点に戻ってくる。
  そうでないときには、少しずつ軌跡がずれていって、もとの地点には戻って来ない。
 ・軌跡の描くクロス状の形が、リサージュ曲線の描くクロス形状に似ている。
以上から、楕円面上の「まっすぐな」線のおよその形を描いてみると、こんな風になるのだと思います。

この絵は「ぴったり戻ってくる場合」を描いています。
ぴったり戻って来なかった場合は、ぐるぐる巻のテープのように、
楕円面上を行ったり来たりしつつ、いつまでも回り続けることになるでしょう。

さて、これまで感覚的に「まっすぐな」線と言ってきましたが、
この「まっすぐ」という意味は、正確にはどういうことなのでしょうか。
円柱や円錐のように展開図が作れる面ならば、まっすぐ=展開図上の直線、ということです。
しかし、楕円面のように平面に直すことができない面の上で、
「まっすぐ」とは一体どの向きのことを言うのでしょう?
先に答を言うと、

曲面上の曲線で、その上の任意の点における曲線の主法線の方向と
その点における曲面の法線の方向とが一致するような性質を持つ曲線

のことです。 -- 自然科学者のための数学概論より
そして、こういった「まっすぐな」線のことを「測地線」と言います。
上の測地線の定義を図解してみましょう。

曲線上の点aの上で、曲線の接ベクトル→aを引きます。
同じ曲線上の、aのすぐ隣にある点bの上で、接ベクトル→bを引きます。
ここで2つの接ベクトル→aと→bの差分、→b - →a を取り出してみると、
それは曲線が点aから点bに移るときの「曲がり具合」になっていることに気付くでしょう。
この差分ベクトル →b - →a は、点bを点aに近づけたとき、曲線の式の二階微分となっています。
この曲線を二階微分して得られる差分のベクトル →b - →aを、以降 →n と呼ぶことにしましょう。
さて、ある曲面の上で(例えば楕円面の上で)デタラメに曲線を引いたとき、
→nもまた、デタラメにいろんな方向に向きます。
そんないろんな曲線の中にあって、たまたま →n の向きが、
曲面の垂線(法線ベクトル)に一致するものがあります。
そのように、→nが、曲面の法線に一致している線こそが、「まっすぐな」測地線なのです。
式に書くと、次のようになります。

曲面f(x,y,z) = 0 の上で、空間曲線の線要素 ds を、
2点間の微少な距離 ds = √(dx)^2 + (dy)^2 + (dz)^2 とする。
測地線とは、(曲線のsによる二階微分)=(曲面の法線) となっている線のことである。
つまり測地線は、
 (d^2x/ds^2) : (d^2y/ds^2) : (d^2z/ds^2) = ∂f/∂x : ∂f/∂y : ∂f/∂z
という関係式を満たす。

測地線とはまた、曲面上の2点間を結ぶ最短の長さの線となっています。
例えば楕円面の2つの点の間に、ピンと糸を張ったなら、それが測地線となっています。
なぜそうなるのか。
直観的に言えば、測地線とは「曲線の曲がり具合が、曲面に対して横にずれていないような線」のことです。
横にずれていないのだから、無駄な遠回りが無い、つまり最短ってこと。

こうして測地線を引いてみると、3Dってなかなか直観的に把握し切れないものだと感じます。
ゲームコントローラーだって、なんだかんだいって十字キー=2Dだし。
私たちは3Dの曲面を、2Dの平面を貼り合わせた物体として捉えているのだと思うのです。


※. コメント頂いたita様が、測地線を算出するプログラムを公開しています。
※. リンク先、測地線のヴィーナス画像は必見!
* 楕円面上の測地線 >> [id:ita:20100906]

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※おまけ.

・・・すまん、手が勝手に・・・