なぜいわしは群れるのか

アクセス数とブックマークが突然増えたので、何かと思ったらホットエントリーに載ったみたい。
>> [id:rikunora:20081129] 円で隙間を埋め尽くす
いや、驚いた。そして素直にうれしいぞー。
これからも、少しでもおもしろい記事が書けるように、この路線で日々精進します。うん。

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それでは、今回のお題、「なぜいわしは群れるのか」

たくさんのいわしの群を、くじらが大きな口を開けてパクパクっと一飲みにするシーンをテレビで見ました。
それを見ていると、いわしのような小魚は1つに群をなすよりも、バラバラに分散していた方が生存率が高いのではないか、と思えてきます。
にもかかわらず、実際にはいわしを始め、多くの小魚や小動物は群を作っています。
その理由は何なのでしょうか。
群をなしていた方が、本当に生存に有利なのでしょうか?

WEBを検索したところ、既に同じ質問がありました。
  * 小魚が群で行動する理由は?
  >> http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1562238.html
この他にも、いくつかの説明を見かけました。
いずれも一理あってもっともらしいのですが、どれもまた決定打に欠くように思えました。
要は、現時点で群れる理由は本当のところよくわかっていない。
というか、本当の理由はいわしになってみない限り分からないのではないかと。
そこで、とにかくシミュレーションをやってみて、群がる理由を考えてみることにしました。

 * いわしとくじらのシミュレーション
 >> http://brownian.motion.ne.jp/memo/Fish01.html
シミュレーション画面上の、青い丸はくじら、小さな白い点はいわしを表しています。
いわしは最初50匹いますが、くじらが上を通ると食べられて消えてしまいます。
「ばらばら」ボタンを押すと、ボタンの表示は「群がる」に切り替わって、いわしの点が集まって群を作ります。
もう1度「群がる」ボタンを押すと、表示は「ばらばら」に切り替わり、群れを作る傾向が無くなります。
群れは、1匹の「リーダーいわし」に向かって、残りのいわしが集まってくるように形作られます。
リーダーいわしが食べられてしまうと、別のいわしがリーダーとなります。
いわしもくじらも、乱数で動き回っています。
いわしは単純に乱数で次の位置を決めています。
一方、くじらには「勢い」があって、乱数で進行方向を変えるのと、加減速を行っています。

さっそくこのシミュレーターで「群れ」の効果を調べてみました。
群れを作らない「ばらばら」な場合、だいたい200ステップ時間くらいで残りわずか(2〜3匹程度)となり、300ステップ時間程度で全滅します。
それでは群がった場合は・・・あれ、あれれ、、、むしろこっちの方が絶滅までの時間が短いぞ。
場合にもよるのですが、200ステップ時間以内に1度くらいは、くじらが群れにつっこんで一網打尽にする大惨事が起こります。
下手をすると全滅、そこでわずか(2〜3匹程度)が生きのこると、その生き残りをつぶすのに100ステップ時間程度かかるようです。
これを見る限り、単純に群れた方が有利、とは言えないようです。

それでも、シミュレーション画面を見て、改めて気付いたこともあります。
まず、群れを作ると、群れ以外の海域にいわしが全くいなくなるということ。
当然のことなのですが、これがくじらにとって何を意味するか。
 「くじらは群れというラッキーに出くわすまで、途中で何も食べられない」
ということです。
何度もシミュレーションを繰り返すと、「ばらばら」の方の結果はわりと安定しています。
下に表示しているグラフも毎回ほとんど同じ形状、指数的な減少となっているでしょう。
それに比べて「群がる」方のグラフは、当たりはずれが激しく、結果が不安定です。
あっという間に全滅することもあれば、運良くかなり長期間生きのこることもあります。

よく考えてみれば、ばらばらでいようと、群がっていようと、「ある1匹のいわしが食べられる平均確率」は同じでしょう。
シミュレーション回数をとてもたくさん、何千回、何万回と繰り返せば、両者の平均は最終的には同じになると思うのです。
では、「ばらばら」と「群れ」の本質的な違いはどこにあるか。
それは「安定度」、捕食チャンスの分散にあります。
「ばらばら」は安定しており、「群れ」は当たり外れに大きな差がある。
くじらにとって、安定している条件と、不安定な条件とでは、どちらが好ましいでしょうか。
例えば、
・毎日同じようにコツコツ働けば、確実に毎月定額の給料がもらえる仕事と、
・当たりはずれが激しく、時々大きな賞金がもらえるが、それがいつやってくるのかあてのない仕事
の2つがあったなら、どちらを選びますか。
安定して手に入る、というのは、たくさん手に入るのとはまた別の、重要なファクターなのです。
安定して手に入らない魚の群は、くじらにとって「頼りになる収入源」にはなりません。
いわしの側にとってみれば、どのみち平均捕食確率はいっしょなのですから、
少しでもくじらを困らせるように群れを作って、安定供給を妨げているのではないでしょうか。

さて、時は第二次世界大戦の頃にさかのぼります。
ヨーロッパ戦線の勝敗は、イギリス・アメリカからヨーロッパ大陸本土に送り届けられる物資の輸送にかかっていました。
連合国側はドーバー海峡、あるいは大西洋を越えて、たくさんの輸送船をヨーロッパに送りました。
ところが、これを海上で待ちかまえていたのはドイツの潜水艦、Uボートの部隊。
もし海上Uボートの餌食になったら、ヨーロッパ本土で戦う以前に勝敗は決してしまいます。
いかにしてUボートの被害を小さくするか、連合国側はいろいろと考えたのです。
そこで大きな問題となったのが、輸送船を1隻ずつバラバラに送るか、船団を作って一丸となってヨーロッパに向かうか、という選択でした。
1隻ずつバラバラにすれば、たとえUボートに遭遇しても、一度にやられるのは一隻だけです。
ただし、全体としてUボートに遭遇する回数は増えることでしょう。
これが大船団であれば、一度にたくさんの船が沈められてしまいます。
ただ、船団として1カ所にまとまっているので、Uボートに遭遇する回数は小さくなるでしょう。
この悩ましい問題に解決を与えたのは、輸送船の損害データでした。
損害データを調べたところ、1つの船団で沈められる輸送船の数は、船団の大きさに比例しない、ということがわかったのです。
であれば、輸送船は小さくバラバラに送るよりも、できるだけ集めて大きな船団にした方が損害は小さい、ということになります。
連合国側はその通りにして、戦局を有利な方向に導きました。
・・・これが今日「オペレーションズ・リサーチ」と呼ばれる学問の始まりです。

Uボートのお話、私はオペレーションズ・リサーチの導入部として聞きかじったことがある程度なので、あやふやです。
孫引きですが、こんなことが書いてあるページを見つけました。

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  * 感 想 野 郎 2001 -- 日本軍の小失敗の研究
 >> http://ore.to/~gekka/rev/impre0108a.htm
 それを簡単にまとめると、
・一定の規模の船団を組み、航行する
・大船団も小さな船団も、敵に発見される確率は変わらない
・船団を構成する船の数が増加しても、護衛艦をそれに比例して増やす必要はない
・天候、月齢を考えて出発させれば、損害を大幅に減らすことができる
 というようなものである。

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>> wikipedia:護送船団
なお第二次世界大戦における連合国軍は、オペレーションズ・リサーチと呼ばれる作戦成果の科学的・統計的分析を行い、
実戦経験を有効活用して効率的な護送船団運営・対潜戦闘を追求している。
この生物学者まで参加した多角的な研究手法は、高い評価を受けている。

弱い魚とあなどるなかれ、そこには生きるための知恵がつまっているのだ。