量子は波で理解できる

量子力学とは、とてつもなく難しい学問の代表格です。
登場する数学の難しさもさることながら、それ以前に、肝心の「量子」の素性がまるで掴めない。
量子について、具体的なイメージを思い描くことが極めて困難なのです。
私も何冊かの本を眺めては、自分なりにイメージを描く努力をしてみたのですが、結局のところあきらめました(^^;)
量子とは、もはや常識で理解できるものでは無いのだと・・・

ところが、この理解不能とあきらめていた量子について、大半の疑問をクリアーにするコンテンツがあったのです。

* 宮沢弘成 -- 文集
>> http://www7.ocn.ne.jp/~miyazaw1/papers/papers.htm

ここにあるコンテンツには、量子力学の謎(?!)を解く重大なヒントが含まれているものと思います。
人により好みが分かれるかもしれませんが、少なくとも私は分かった気になれました。
以下、私なりに分かったことをまとめてみます。
ポイントは2つ、
 1.量子とは結局何なのか
 2.なぜ連続なものから非連続が生じるのか
についてです。

1.量子とは結局何なのか

* 考え方A:
ミクロな世界の構成要素〜量子は、粒子でもあり、波でもある。
1個、2個と数えられる性質は粒子であり、回折や干渉を引き起こす性質は波である。
電子も、光も、粒子的な性質と波動的な性質の両方を持つ。
マクロな世界の常識では考えられない、この奇妙な性質のことを「粒子と波動の二重性」という。

* 考え方B:
ミクロな世界の構成要素〜量子は、波である。
ただし複素数の波なのである。
複素数から物理的に意味のある値〜実数を取りだす過程において、
複素数の波は1個、2個と数えられる性質を帯びてくる。
この粒子としての性質を帯びることを「量子化」という。

この2つの考え方A,Bのうち、分かりやすいのはどちらでしょうか?
よほどのひねくれ者でない限り、Bを選ぶことと思います。
だいたい「粒子でもあり、波でもある」などといった、ワケのわからん理屈で納得できますか。
いっそのこと「波」でいきましょう。そっちの方がずっと簡単だし(笑)。

何よりも、「電子は粒子であるが、波でもある」という言い方が良くない。
これではどのように描像して、どのように取り扱ったらよいのか見当がつかない。
電子は「波である」として入っていくのがよい。
波とは場の振動であり、電子は場で記述される。
後の段階でそれが塊となって粒子となるのである(量子化
   -- 新量子物理学入門 より

これまで一般的だった教え方は不適当であり、電子を波動場として教えるべきである、ということである。
    ・・・
二重性などという言葉は、その意味が数学的に定義されているのでない限り、科学で使うべきではない。
   -- 電子は質点か場か より

「波」というのは、場で記述できる、位置と時刻の関数φ(x,t)で表される、という意味です。
一方、粒子とは「時刻tを独立変数とし、位置と呼ばれる関数x(t)で表されるもの」です。
実のところをいうと、電子は場で表すことも、質点で表すこともできます。
しかし、場で表した方が理論が簡単で、質点で表した方が理論が難しい。
それが「波」を推す理由なのです。

電子は量子化された場である。単なる場でないので話が複雑になる。
別の言い方をするならば、電子は質点でも場でもどっちでもよいのである。
Dirac の変換理論によると両方の表し方はたがいにユニタリー変換で結ばれているので、内容は同じである。
しかし理論形式は全く違う。
質点でやるには、x(t) は実数ではなく非可換代数(Dirac の言うところのq-数)でなければならない。これは「難しい」理論である。
一方場ならば、結局は第二量子化で非可換量となるのだが、一体問題あるいは電子線のような低密度の場合は古典場でよく、かなりの現象が易しく理解できる。
   -- 電子は質点か場か より

場の形式を推す、もっと深い理由もあります。
それは「場の形式は相対性理論に適した形態」だからです。
相対論では位置と時刻、x, y, z, t の4個の変数が同等の資格で入っています。
だとすると、位置の関数x(t)よりも、位置と時刻の関数φ(x,t)の方が、相対論と馴染みが良いわけです。

場か質点かという問題は勝負があったようなものである。
我々の物理が相対性原理に従うということは根本的な事実として受け入れている。
相対性理論を展開するには場でなければならない。
ゆえにすべてのものは場である、ということになる。
   -- 場と質点 より

しかしながら「量子は波である」と言い切る人は、いまのところ少数派です。

ある出版社が、教科書を全面改定するので原子物理の章を書けというのである。
張り切って、電子は波であって・ ・ ・ と書いたところ編集会議で反対されてしまった。
現場の先生方が、こんな教え方は出来ない。
文部省の指導要領に、電子の(波と粒子の)二重性を教えろと書いてある、というのである。
   -- 電子は質点か場か より

幸い我々は文部省に従う義理も無いので、電子は波であって・ ・ ・でも構わないでしょう。

2.なぜ連続なものから非連続が生じるのか

さて、量子が波であるとすると、途端に困ったことになります。
それは、波という連続的(アナログ)なものから、どうして離散的(デジタル)な性質が生じるか、という問題です。
明らかに電子は1個、2個と数えられる粒子であり、誰も電子0.5個といった半端な状態を見たことがありません。
逆に言えば、このアナログからデジタルが生じる仕組みこそが量子力学のキモなのです。
デジタルが生じる仕組み 〜 量子化さえ分かってしまえば、量子力学全体の見通しが極めて明瞭になります。
では、量子化を知るためには、何を調べれば良いのでしょうか。

電磁場の量子化は容易である。
電磁界をフーリエ展開して場を調和振動子の集団とし、それを第1量子化すればよい。
光量子から出発して同種粒子、対称統計の原理を導入するよりはるかに自然である。
私が初めて第2量子化された電磁場にたどり着いたとき、
なるほど波、粒子の二重性とはこのことであったかと目から鱗の落ちる思いであった。
   -- 電子は質点か場か より

答はずばり「電磁場の量子化」にあります。
上に書いてある通り、電磁場というのは「調和振動子の集団」、
古典的なイメージだとバネの先に重りのついた、ビヨンビヨンしたものを想像すれば良いでしょう。
電磁場とは、空間をびっしり覆い尽くしたビヨンビヨンのことだと想像してみる。
してみると「電磁場の量子化」とは結局のところ、1個の調和振動子がデジタル化する仕組みに還元されるでしょう。

古典電磁気学量子化するには次のようにする。
電磁場を固有振動で展開する。
展開係数に対する運動方程式は単振動のものであり、結局電磁場は調和振動子の集団ということになる。
調和振動子量子化するのは量子力学のイロハであり、知り尽くされている。
結果として調和振動子のエネルギーは等間隔に量子化されている。
   -- 場と質点 より

つまり、量子力学の分厚い教科書の中から「調和振動子」と書いてある箇所を引っ張り出してきて、
その1章を集中的にマスターすれば、量子力学のキモが突破できるというわけです。
調和振動子については、インターネット上にも優れた記事がたくさんあります。
その中で、特に調和振動子だけを集中的に扱っている、以下の資料を取り上げます。
* 調和振動子量子力学的取扱い
>> http://web.ias.tokushima-u.ac.jp/physics/theor/members/hioki-file/HO.pdf
この資料をじっくり読めば良いわけですが、それではあまりに不親切なので、以下に要点だけピックアップします。

量子的な調和振動子の運動は、次のシュレーディンガー方程式で表されます。

 -(h~^2/2m) (d^2/dx^2) u(x) + 1/2 m ω^2 x^2 u(x) = E u(x)   -- 資料(3)式

この式自体は u(x) についての微分方程式で、一見したところデジタル的な性質は何処にも持ち合わせていないように見えます。
資料の中では「シュレディンガー方程式の解法」という章で、2ページ〜6ページに渡ってまともに解いていますが、
とりあえずここはすっ飛ばして(^^;)、7ページ目の「生成消滅演算子による解法」を見てみましょう。
そこには天下り的に、生成演算子・消滅演算子と呼ばれる2つの演算子、α^とα^† が出てきます。(資料中の(15)式と(16)式)
どうしてこんなものを思いついたのか?
1つのアイデアは、元になったシュレーディンガー方程式のハミルトニアン

 H = p^2/2m + 1/2 mω^2 x^2

が「二乗+二乗」という形をしており、虚数を使えば何とか因数分解できそうだ、というところから来ているのだと思います。
実際、x や p が演算子ではなく、単なる変数だと見なしてしてしまえば、

 H = p^2/2m + 1/2 mω^2 x^2
   = (1/2m) { p^2 + (mωx)^2 }
   = (1/2m) { mωx - ip }{ mωx + ip }
   = (mω^2/2) { x - ip/mω }{ x + ip/mω }
   = h~ω √(mω/2h~){ x - ip/mω } √(mω/2h~){ x + ip/mω }
   = h~ω α^† α^

こんな風に因数分解できて、α^とα^†っぽい項が出てきます。
しかし、x や p は実は単なる変数ではなく、演算子であり、
 [ x, p ] = xp - px = i h~
という関係(交換関係)があります。
この交換関係を考慮に入れると、上の因数分解っぽい式はちょっと修正が必要で、実際には

 H = h~ω ( α^† α^ + 1/2 )

こんな風になります。(+ 1/2 が余計に増えています)
とにかくこんな風にひねくりだしたα^ とα^†を使って、元のシュレーディンガー方程式を書き直せば、こうなります。

 H u(x) = h~ω ( α^† α^ + 1/2 ) u(x) = E u(x)

ここまで、何をやったのかというと、もともと基本変数 x と p で書かれていたシュレーディンガー方程式を、
新たな演算子 α^ とα^†を使って書き直した、ということです。
式の上では x と p から α^ とα^† を求めることができ、
逆に α^ とα^† から x と p を求めることもできるのですから、
α^ とα^† の方程式は、x と p の方程式と等価な内容を含んでいるはずです。
では、なぜ元の方程式をわざわざ α^とα^† で書き直したのか。
実は、α^とα^†の間には、以下のような交換関係が成り立っています。

 [ α^, α^† ] = α^α^† - α^†α^ = 1  -- ☆式

このようにシンプルな交換関係が成り立つ演算子を、上手い具合に探し当てた、というのが α^とα^† のこころなのです。

さて、α^ とα^†で書き直したシュレーディンガー方程式の主要な部分は、こんな風になっています。

 α^† α^ u(x) = e u(x)  -- ★式

この★式と、先の交換関係☆式を組み合わせると、生成消滅演算子のおもしろい性質が導かれます。
資料中の(18)式、α^ u(x) に、左から α^† α^ という演算子を掛けてみると・・・

 α^† α^ α^ u(x) = (α^ α^† - 1) α^ u(x) = α^ (α^† α^ - 1) u(x) = (e - 1) α^ u(x)

ここで★式と、この(18)式を比べてみると、演算子α^には e を1だけ小さくする働きがあることがわかります。
★式の u(x) に、{α^ u(x)} を代入すると、以下のような

 α^† α^ {α^ u(x)} = (e - 1) {α^ u(x)}  -- ★’式

e を1だけ小さくした方程式が得られます。
この ★’式で成り立っている {α^ u(x)} と (e - 1) の組は、もともとの★式の解の組の1つであったわけです。
つまり、もし★式を成り立たせる u(x) と e の組み合わせがあったなら、
その組に演算子α^を作用させた {α^ u(x)} と (e - 1) も答の組になっている、というわけなのです。

また、資料中の(19)式、α^† u(x) に、左から α^† α^ という演算子を掛けてみると・・・

 α^† α^ α^† u(x) = α^† (α^† α^ + 1) u(x) = (e + 1) α^† u(x)

ここで★式と、この(19)式を比べてみると、演算子α^には e を1だけ大きくする働きがあることがわかります。
もし★式を成り立たせる u(x) と e の組み合わせがあったなら、
その組に演算子α^を作用させた {α^† u(x)} と (e + 1) も答の組になっているわけです。

ところで、e とは何であったかと元のシュレーディンガー方程式に戻ってみると、それは量子の持つエネルギーのことでした。
e を1だけ大きくすると、元のシュレーディンガー方程式では、エネルギーが h~ω だけ大きくなります。
反対に e を1だけ小さくすると、エネルギーは h~ω だけ小さくなります。
状態 u(x) に生成消滅演算子を作用させると、エネルギーは h~ω ステップで増減する・・・
これこそが「量子化」であり、一見連続に見える微分方程式から離散的な解が得られる秘密だったのです!

以上が連続なものから非連続が生じる基本的な仕組みです。
改めて見直すと、量子化が成り立つために欠かせない条件は、演算子の交換関係が0ではないこと、

 [ α^, α^† ] = α^α^† - α^†α^ = 1  -- ☆式

この☆式にあることに気付くでしょう。
ここまでの議論では、エネルギー e が±1ステップで増減するということまでしか分かりませんが、
さらに、
・α^† α^ がエルミート演算子であり、エルミート演算子固有値は必ず実数になること.
波動関数 u(x) は 1 に規格化されていること.
などの条件から、e は 0, 1, 2 ・・・といった整数値しか取り得ないことが導かれます。
詳しくは以下のコンテンツへ。
* EMANの物理学 -- 生成演算子と消滅演算子
>> http://homepage2.nifty.com/eman/quantum/creat_op.html
* 物理のぺーじ -- 調和振動子
>> http://members3.jcom.home.ne.jp/nososnd/ryosi/creat.pdf
* 楽しい物理ノート -- 初等場の量子論(2)
>> http://kenzou.michikusa.jp/QFT/EQFChap2.pdf

以上は量子的な調和振動子の運動であり、そのまま「電磁場の量子化」に適用できます。
電磁場が量子化されたのだから、同じような方法で「電子場」を量子化して「電子」ができるのだろう・・・
この考え方は、基本的には正解のようです。
ただし、電子場には電磁場とは違った事情もあって、
「電子場の量子化は電磁場のように滑らかには行かない」のだそうです。。。
この辺のことは、私にもよくわからんので、将来の宿題とします。

まとめ
何が言いたかったのかというと、量子力学というものは場で統一的に理解できるということです。
これまで歴史的な経緯から、粒子 -> 存在確率 といった解釈が為されてきたのですが、
改めて現代的な視点から見直せば、場から入った方がシンプルであるように思えます。
少なくとも「猫が半分死んでいる」などといった問題で悩む必要が無くなります。
何が分かりやすいと感じるかは人それぞれですが、私は「量子は波」からスタートで良いのではないかと思うのです。
量子力学に詳しい方、いかがでしょうか。

続き:ボソンとフェルミオンについてまとめました。
* 波と粒子が同じである理由 >> [id:rikunora:20130728]