地球冷却計画

いまや人類が総力を挙げて取り組まねばならない問題、それは「地球温暖化」であろう。
そのために、電気やガソリンを節約したり、無駄をなくしたり、あちこちで地道な努力が積まれている。
しかし、ひとたび傾きかけた気候を元に戻すには、1つ1つの小さな努力の効果はあまりにも小さい。
ところで、部屋が暑くなったら、どうするか。
もし直射日光の当たる部屋だったなら、窓のブラインドを下ろすだろう。
それと同じことを地球に行えばよい。
名付けて「地球冷却計画」。
これは Nature DIGEST 2007年7月号 に載っていた話である。
太陽と地球との間に「大型ゴミ箱の蓋ほどの大きさの、透明に近い飛翔体を大量に投入する」。
どのくらい大量かというと「その数は16兆個」。
この「飛翔体の雲の影は地球よりも少し大きくなり、地球に届く太陽光線を1.8パーセント減少させる」。
大胆な計画である。

現在、人類の活動する領域内で、最も重要な戦略拠点はどこか。
石油の出る中東地域?
金融の中心である、ニューヨーク、ロンドン、東京?
それとも、軌道エレベーターの建設予定地であるモルジブあたり?
いやいや、そんな地球の表面よりも、もっとずっと重要な場所がある。
「21世紀初頭の現時点で、最も着目すべき空域は「太陽と地球の間の空間」である。」
>> 不完全世界征服マニュアル [id:rikunora:20080418]
人類の活動は、そのほとんどを太陽に依存している。
石油など、太陽から受ける恩恵に比べれば、ほんのおまけに過ぎない。
そして、その太陽と地球を結ぶ「太陽エネルギーライン」の確保こそが、地球上の人類にとって死活問題なのである。

もし「地球冷却計画」に従って大量の飛翔体を投じれば、地球の気候は安定を取り戻すのだろうか。
そうなるかもしれないし、そうならないかもしれない。
おそらく賛否両論に分かれるだろう。
推進派は大規模な気象シミュレーションの結果をもとに、計画の合理性を説くだろうし、
反対派はこれまた別の計算に基づく結果を示して譲らないだろう。
しかし、反対派には何もしないという選択子しかないのに対し、推進派には「飛翔体を打ち上げる」という選択子がある。
つまり、どこか一国、あるいは一団体が推進派であれば、打ち上げは行われることになる。
ちょうどこれは核開発に似ている。
世界中で協定を結んで核の廃絶を行わない限り、どこか一カ国でもぬけがけすれば、実際に核は開発される。
そうして、とにかく部分的にでも、飛翔体が「太陽エネルギーライン」に打ち上げられたとしよう。
その結果、世界の気候がとても安定して、みんなが喜ぶのだろうか。
なかなかそうはならないだろう。
気象は複雑なのだから、それで恩恵を受ける地域と、被害を被る地域が出ると思う。
打ち上げの翌年、たまたまある地域に大水害や、大干魃が襲ってきたとする。
そのとき、その大災害の原因が「地球冷却計画」のせいではなかったと言い切れるのだろうか。
実際のところは、よくわからない。
たまたま災害が襲ってきたのかもしれないし、下手に太陽エネルギーをコントロールしようとした結果なのかもしれない。
真実は恐らく両方、気象と、太陽コントロールの影響との複合結果であろう。
しかし、人間というものは相手がいれば、その相手を恨むものである。
いままでお天気のせいであれば誰も買わなかった恨みを、「地球冷却計画」を推進した国家、あるいは団体は一手に引き受けることになる。

かくして反対派は、推進派に猛烈な抗議を行うことになるだろう。
それが抗議だけで済めばまだ良いのだが、事が事だけに、実力行使に出るかもしれない。
今日に見る、一部の過激な自然保護団体のように。
反対派の取る直接行動は、3つ考えられる。
 1. 飛翔体を打ち落とす。
 2.反射板を打ち上げる。
 3.飛翔体のコントロールを奪う。
2.の反射板とは、飛翔体が影にしてしまった分の太陽光線を、別の角度に置いた反射鏡でもって補うことだ。
飛翔体のブラインドで冷やした地域を、別の反射板でもって暖めて「元に戻す努力」をする。
全体として、人類は何やってんだか、よくわからない。
こういった直接行動に対して、推進派も黙って見過ごすわけには行かない。
全力を挙げて飛翔体の防衛、あるいは反射板の破壊に当たるだろう。
かくして「太陽エネルギーライン」を巡る、宇宙戦争が幕を開ける。

何兆個もある飛翔体を効率よく破壊する1つの方法は、飛翔体に反射板を向けることだろう。
ソーラ・システム。
古くはアルキメデスが、アニメでは地球連邦軍が用いた兵器だ。
鏡に対抗するには、飛翔体の側も鏡を置くのが有効だろう。
反射板と、護衛衛星の、壮絶な鏡の磨き合いが始まることになる。
あるいは原始的だが「石つぶて」はかなりの効果がある。
適切な位置で放たれた物体は、スペースデブリと化し、猛烈な相対速度をもって飛翔体を襲う。
原始的な攻撃ゆえ、防ぐのは極めて難しい。

こうした宇宙戦争よりも、地球上のコントロールセンターを確保する方がずっと現実的だ。
初期の段階において、飛翔体のコントロールはまだ地球上にあり、指令は電波を通じて飛翔体に伝達されているだろう。
宇宙に散らばる飛翔体 〜ブラインドと、反射板の両方〜 のコントロールを手にすれば、太陽エネルギーを手中に収めたのも同じ、つまり地球の運命を手にしたのも同じだ。
コントロールは破壊されては意味がない。
なので、コントロールをめぐって、あの手この手の政治的な駆け引きや陰謀が繰り広げられるだろう。
それでも飛翔体がコントロールされているうちはまだ良い。
ひょっとすると、計画を快く思わない過激なテロリスト集団か何かが、コントロールの直接破壊に出るかもしれない。
あるいは電波妨害、チャフの散乱など、電波を断ち切る過激な工作が行われるかもしれない。
もし飛翔体のコントロールが失われてしまったら、復旧するのは相当困難であろう。
壊すのは簡単かもしれないが。

太陽エネルギーラインの争奪戦、宇宙戦争、コントロールの破壊工作。
こんなことを繰り返しているうちに、ふと地上に目を向けてみると・・・
そのとき既に、地球上はボロボロになっているだろう。
争いを繰り返しながら太陽光線をいじっているうちに、気象はでたらめになり、大干魃、大暴風雨は毎年のようにやってくる。
地球の半分は砂漠、あとは水浸しか氷漬け。
このときになって、異常気象の本質は「二極化」だったのだと、人類は身をもって知ることになるのだ。
(基本的に宇宙は二極化している、砂漠か氷漬けかのどちらか。
 地球がありがたいのは、その中間状態になっていることだ。)
でたらめな天気の影響で、生態系もずたずた。
戦争が嫌だから田舎で畑を耕す生活に憧れても、すでにそんな田舎はどこにも無い。
一方、宇宙空間では・・・
戦場の跡に、大量の、何兆個もの飛翔体の破片が雲のように漂っていることだろう。
ひょっとすると、それらがコントロール不能なブラインドとなって、結果的に地球の温度を劇的に下げることになるかもしれない。
当初の人類の思惑を超えて。
破壊するのは簡単であっても、掃除するには大変な労力を要する。
第一、破片が危なっかしくて、戦場空域には簡単には近づけない。
ひょっとすると、あまりの破片の多さに、宇宙に出るのは絶望的といった状況に陥るかもしれない。

自然災害が恐ろしいのではない。
「太陽エネルギーライン」という巨大な利権を巡る、人間同士の争いが一番恐ろしいのだ。
人類はいずれ、遅かれ速かれ「太陽エネルギーライン」をコントロールする力を手に入れることになる。
この巨大な利権を目前にして、人類は理性的に対処できるのだろうか。
これまでの人類の戦争の歴史を、多少誇張してあてはめてみると、上に書いたようなシナリオになるのだが。
人類自身の問題が解決するまで、当面「地球冷却計画」は先送りにして、地上で地道に環境保全に努めている方が無難かもしれない。
地球は1つしか無いのだし。


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※ また「だ・である調」に戻ってるって?
いや、内容に合わせて調子を変えた方が良いような気がしたので。