口コミがブレークする数は

それは自然対数の底、eである。
1人が平均してe人以上に伝達すれば、その情報はブレークする。
e人未満の場合、その情報はやがて自然消滅する。

e = 2.718281828... (鮒、一鉢二鉢 一鉢二鉢)は、不思議な数だ。
円周率と同様、超越無理数であり、規則性のない数列がどこまでも続く。
しかし、円周率が何の数字か直感的に明らかなのに対して、
「eとは何か」という問に、一言で素早く答えるのはなかなか難しい。
私も長い間よくわからないままに来たのだが、最近ようやくその本質を掴みかけてきた気がする。

eとは何か、その答は「口コミがブレークする数」のことである。
もしあなたが、何らかの噂話を聞いたとき、その信憑性をどのようにして決めるだろうか。
まず重要なのは、情報源が単数か、複数かの違いだろう。
たった1人から聞いた話は、あくまでも「その人個人の意見」に過ぎない。
ところが、もし異なる2人から同じ話を聞いたなら、それは個人の意見ではなく「一般的な事実」となる。
しかし、事実に留まっているだけでは、さらに他の人に伝搬するまでには至らない。
口コミのレベルにまで達するには、2人では足らず、もう少しプラスアルファが必要なのだ。
3人いれば、ほぼ確実にブレークするが、それではやや多い。
ブレークに至る、ギリギリの数が2.71人、つまりe人なのである。

このブレークする数には、数学的な理由がある。
それは、次の問題を考えることからわかる。
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2人がトランプの札をAからKまで、13枚ずつ持つ。
同時に1枚ずつ札を出していったとき、最後まで1度も同じ数があたらない確率はいくつか。
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この問題は、「出合いの問題」、あるいは「モンモールの問題」という名で知られている。
先に答を言うと、この確率はほぼ 1/e となる。
上ではトランプの札の数、13枚で考えたが、対象となる札の数が大きくなればなるほど、確率は 1/e に近づく。
しかも、収束はとても速く、対象となる札数が7枚程度であっても、すでに小数点4桁目まで 1/e に一致している。

この出合いの確率と、口コミとの間にどのような関係があるのだろうか。
口コミのメカニズムは、出合いを何度も繰り返すものだと考えることができる。
例えば最初の世代に、13人の人がそれぞれ情報を有していたとしよう。
この13人をトランプの札のようにシャッフルして、次の13人に情報を伝達する。
そのとき、自分と同じ数に当たった場合は情報が伝わり、違う数に当たった場合は情報が途絶えてしまうと考える。
そうすると、次の世代で情報が完全に途絶えてしまう確率は 1/e である。
そこで情報が途絶えないようにするためには、試行回数をe回まで増やすか、1人ではなくe人に伝達を行う。
世代交代のたびに、ちょうどe倍すれば、平均して情報は減ることもなく、増えることもなく、次世代に受け継がれてゆく。
もし伝達の「濃度」がe倍よりも低ければ、何度も伝達を繰り返すうちに、情報は尻すぼみになる。
反対に伝達の「濃度」がe倍よりも高ければ、何度も伝達を繰り返すうちに、情報はどんどん膨れあがってブレークを生むことになる。

世代ごとにある一定の規則でもって生成、消滅を繰り返すものは、平均してe倍以上になるか、それ未満かによって挙動が分かれるのではないかと思う。
わかりやすいのは、計算機シミュレーションで「セルオートマトン」であろう。
次世代のセルが 1/e = 0.3678 程度生きのこるあたりに、まず第一の境界線があるように思う。

参考サイト:「よく目にするラングトンのλとは、結局なんなのか」
http://www.asahi-net.or.jp/~li7m-oon/thatta01/th9802/lambda.html
この記事は「計算機シミュレーション入門」というサイトの中の「関連コンテンツ」に入っていました。
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/kougi/simulation/

あるいは、最近よく話題に上がる「社会ネットワーク」みたいなものも、平均してe個以上のノードにつながっているかどうかが、生き死にの分かれ目なのではないか。

それでは、どのようにして 1/e という答が求まるのだろうか。

まず、カードの順序を並べ替える全順列のうち、同じ位置にカードがこないものだけをピックアップしてみる。
例えば、3枚のカード(1,2,3)を、全て異なる位置に置き換える並べ方は、(2,3,1), (3,1,2) の2通りとなる。
具体的に書き出すと、こんな風になる。

カード2枚 : 1通り : (2,1)
カード3枚 : 2通り : (2,3,1), (3,1,2)
カード4枚 : 9通り : (2,1,4,3),(2,3,4,1),(2,4,1,3),(3,1,4,2),(3,4,1,2),(3,4,2,1),(4,1,2,3),(4,3,1,2),(4,3,2,1)

それでは、1枚カードが増えたとき、この置き換え順列のパターン数はどういった規則で増えるのだろうか。
いま、カードがn枚のときの順列パターン数を D[n]通りとする。(Dは出合いのD)

ここから先はややこしいので、具体的にD[4]で考えてみる。
  置き換え前(1,2,3,4)
  置き換え後(a1, a2, a3, a4)
D(4)にもう1枚だけカード「5」を追加したときのパターン数を考えてみると、次の2つの場合がある。

* ケース1:
  置き換え前(1,2,3,4,5)
  置き換え後(a1, a2, a3, a4, 5)
まず「5」を最後尾に付けてみる。この状態で順列パターン数はD[4]のまま変わらないが、5が重なったままとなっている。
そこで、置き換え後の「5」と、a1〜a4 のいずれかを交換すれば、全く重なりのない順列パターンができあがる。
例えば「5」と a3 を交換すれば、こんなふうになる。
  置き換え前(1,2,3,4,5)
  置き換え後(a1, a2, 5, a4, a3)
このとき、全体では (a1〜a4 の4通りの交換)xD[4] だけのパターン数となる。

* ケース2:
実は、上のケース1だけではまだ数え落としがある。
それは、カードは新たに1枚増えるのだから、「料理する前」の先頭の4つの順列は必ずしも全てが異なっている必要はなく、1個だけ重なっていても大丈夫なのである。
たとえば「4」が重なっている順列の最後尾に「5」を追加する。
  置き換え前(1,2,3,4,5)
  置き換え後(a1, a2, a3, 4, 5)
この状態で順列パターン数はD[3]となっているが、まだ4と5が重なっている。
そこで、4と5を交換すれば、めでたく重なりのない順列パターンができあがる。
  置き換え前(1,2,3,4,5)
  置き換え後(a1, a2, a3, 5, 4)
4と同じことが、3,2,1についてもあてはまるから、全体で(4,3,2,1 の4通りの交換)xD[3] だけのパターン数となる。

なぜ「ケース2」という場合があるのか、わかりにくいので補足すると、
  置き換え前(1,2,3,4)
  置き換え後(a1, a2, a3, 4)
という、1個だけ重なっている順列パターンは、新たに「5」という数を付け足すことによって
全く重なりのない順列パターンを作り出すことができるからだ。
つまり、全く重なりのない順列パターンを作り出す「もと」には、
* ケース1: 1枚カードが少ない、全く重なりのない順列パターン D[4]
* ケース2: 1枚カードが少なく、1つだけ重なりのある順列パターン
の2つの場合があるのだ。

さて、以上からカードを1枚追加したときの、D[n]が増える規則が導き出せる。それは、
  D[n] = (n-1)・(D[n-1]+D[n-2])
という規則である。
この式を変形すると、
  D[n] - nD[n-1] = - ( D[n-1] - (n-1)D[n-2] )   ・・・(1)
という形になる。
式の左右をよく見比べると、右辺は左辺の n を (n-1) で置き換えて、マイナスを付けたものになっている。
つまり、右辺 D[n] - nD[n-1] をまとめて F[n] と書けば、上の(1)式は
  F[n] = - F[n-1]
というきれいな形になる。
ここから
  F[n] = (-1)^n・F[2] = (-1)^n
(F[n] のスタートを考えてみると、n= 2 のとき、順列パターン数は1だったから D[2] = 1 。
 ここから F[2] = D[2] - 1・D[1] = 1 となることがわかる。)
このF[n] をもとの D[n] に戻すと、
  D[n] = nD[n-1] + (-1)^n   ・・・(2)
となる。

さて、今問題にしていた確率P[n]は、D[n]を全順列の数 n! で割った値である。
  P[n] = D[n] / n!
この式を
  D[n] = n!・P[n]
と書き直して、(2)式に代入する。
  n!・P[n] = n・(n-1)!・P[n-1] + (-1)^n
  P[n] - P[n-1] = (-1)^n / n!
つまり、P[n] は
  P[n] = 1 - 1/1! + 1/2! - 1/3! + 1/4! ・・・
なのである。

この級数は、e^x を展開したものにとても近い感じになっているであろう。

 e^x = 1 + x/1! + x^2/2! + x^3/3! + x^4/4! ・・・

 ここで x = -1 とすると、
 e^-1 = 1 - 1/1! + 1/2! - 1/3! + 1/4! ・・・

おおっ、確かに P[n] と e^-1 が一致しているではないか!

参考図書:
(以上の計算は「数学セミナー増刊 数学100の問題」という本の、ほぼ丸写しです。)