放射能は確率的

最近身の回りでは、放射能についての話題でもちきりです。
一番多く尋ねられたのは「放射能って、煮沸したら消えるのか?」という質問。
残念ながら、煮たり焼いたりといった方法で放射能自体が消えることはありません。
ところで、ヨウ素131の半減期は約8日とのことです。
もし最初に100ベクレルのヨウ素があったとしたら、8日後には50ベクレルに減る、というわけです。
それでは、もう8日経った16日後には何ベクレルになるか。
答は半分の、そのまた半分で25ベクレル。
さらに8日経過して、24日後には 1/8の12.5ベクレルになります。
このように、放射能というものは、半分の、そのまた半分の、そのまた半分・・・
といった具合に、徐々に薄まるような消え方をします。
なので「寿命が8日間」といった、きっぱりとした言い方ができないのですね。。。

しかし考えてみると、これはちょっと不思議な性質ではないでしょうか。
もしこれが自動車のガソリンか何かであれば、8km走って半分に減ったなら、16kmでゼロになるはずでしょう。
なぜ放射能は、ガソリンのように直線的に減らないのでしょうか?

その根本的な理由は、原子核の崩壊が「確率的に」起こることにあるのです。
いま、ヨウ素原子を1個だけ取り出して、いつ放射線が出るのか調べたとします。
運が良ければ(あるいは悪ければ、と言うべきか)、次の瞬間に原子核が崩壊して、放射線が飛び出してくるかもしれません。
しかし運が悪ければ(良ければ)、10日待っても、20日待っても放射線は出てこないかもしれません。
ちょうどサイコロを振って1の目が出たら放射線が飛び出す、といった具合に、
次の瞬間に放射線が出るかどうかは全くの運任せなのです。
にもかかわらず、半減期が8日間だと予測できるのはなぜか。
それは、
 ・元素の種類ごとに放射線が飛び出す確率が定まっていて、
 ・原子をたくさん集めると、全体としての傾向が一定になる
からなのです。
もし原子が1個だけだったなら、いつ放射線が飛び出してくるか、ほとんど予測が付きません。
しかし原子が100個集まれば、極端に寿命が長いものは全体の中の少数だろうという予測が成り立ってきます。
そして、原子が100万個、1千億個、10の何十乗個といった膨大な数になると、
全体としての放射線は、まずブレることなく一定の割合で発せられることになるわけです。

もし放射能がガソリンのように直線的に減るものだったなら、消し去ることもできたでしょう。
例えば100の放射性物質を50の山2つに分割すれば、放射能は半分の時間で消えることになるでしょう。
10個に分ければ10分の1で、100個に分ければ100分の1で消えることになる。
ところが実際の放射能は、1ヶ所に集めてこようが、たくさんに小分けにしようが、全く同じような消え方をします。
そういう消え方ってどんなだろう、と考えてみると、やはり半分の、そのまた半分の、そのまた半分・・・
ということになるでしょう。

こうした「確率的な」崩壊の様子を、Flashにしてみました。
>> http://brownian.motion.ne.jp/memo/Radiation/  (要FlashPlayer10.1)
画面上の赤丸1個1個で個別にサイコロを振って、当たりが出たら緑色に変わるという、ただそれだけ。
赤丸が原子核で、赤から緑に変化する瞬間に放射線が飛び出すのだと思ってください。
画面左上の「Start」ボタンを押すとスタートします。

画面上の赤丸が少なくなれば、次の瞬間に緑色に変化する数も減ってゆく。
それでも少数の赤丸は、しぶとく長時間生き残り続けます。

原子核崩壊は確率的に起こる。
煮たり焼いたりしても効果無し、というのは、つまりそういうわけだったのです。
・・・だとすると、ここで1つ疑問が出てきます。
ならば、原子力発電所はどうやって「原子の炎」を燃やしているのか?
原子核反応が、煮ても焼いても効果なし、全く確率的にしか起こらないのなら、
どうして原子力をコントロールできるのでしょうか?
その秘密は、ウラン235(あるいはプルトニウム239)といった元素の、特別な崩壊の仕方にあります。
ウラン235原子核中性子が当たって取り込まれると、原子核は分裂して、大量の熱と、2〜3個の中性子を放出します。
これが核分裂と呼ばれている反応です >> wikipedia:連鎖反応 (核分裂)

* でんきの情報広場 -- 原子の構造と核分裂
>> http://www.fepc.or.jp/learn/hatsuden/nuclear/kakubunretsu/index.html
(なお、最初の中性子はどこから得るのかとよく疑問を持たれますが、
 原子炉にあらかじめ中性子を出す元素から成る中性子源を備えているのです。)
* あとみん -- 高速中性子
>> http://www.atomin.go.jp/dr_atom_glossary/ka/ko/kosoku_chuseisi.html

最初に一度核分裂反応が起これば、そこから飛び出した中性子がまた別の原子核に当たって、
次々と連鎖的に核分裂反応を引き起こします。
この連鎖反応が一気に進めば、核爆発となります。
ならばウランはいつでも爆発するのかというと、そうでもありません。
核爆発を引き起こすのは、ウランの中でも235という同位体だけで、
これは天然ウラン中にごくわずか(0.72パーセント)しか含まれていません。
連鎖反応は、飛び出した中性子が次の原子核に当たらなければ起こらないわけで、
それには一定以上の量と密度が必要なのです。
核爆発を引き起こすために必要となる核分裂物質の量を、臨界量と言います >> wikipedia:臨界量 (原子力)
「実用化されている原子爆弾は、臨界量以下の核分裂物質を、火薬の爆発力を用いて臨界量を超過させることで起爆される。」
つまり、たくさん集めてこなければ、爆発しません。
この臨界量の様子を、先ほどと同じようにFlashにしてみました。
>> http://brownian.motion.ne.jp/memo/Radiation/  (要FlashPlayer10.1)
画面左上の「核分裂」にチェックを入れてから、「Start」ボタンを押してみてください。

赤丸が緑色に変わるときに、2個の白い弾が出てきます。これが中性子だと思ってください。
中性子は他の赤丸にぶつかると、そこで核分裂を起こして、また次の中性子を2個生み出します。
このFlashでは、最初「一列の原子数」を25個にセットしています。
この程度の数だと、連鎖反応はわりと穏やかな感じに進みます。
試しに「一列の原子数」を5〜60個くらいに増やしてみてください。
中性子がワラワラとたくさん増殖して、活発に連鎖反応が起こります。
逆に「一列の原子数」を10個程度まで少なくすると、あまり連鎖反応は起こりません。
ほとんどの中性子が他の原子に当たる以前に、画面の外に飛び出してしまうからです。

この Flashは、単純に丸に点を当てているだけの「おもちゃ」みたいなものです。
(現実のシミュレーションにはほど遠いです。まず実際は3次元だし。)
それでも、このおもちゃだけでも分かったことがあります。
* 1つ目は、確かに「臨界量」といった境界が存在するということ。
「少なければ爆発しない、たくさん集めると爆発する」って、なんだかとっても微妙ではないですか?
そのメカニズムが、この連鎖の様子だったのです。
確かに、少ないうちは連鎖はめったに起こらない。多くなると、一斉に連鎖が起こる。
* 2つ目は、「連鎖反応のコントロールはとても難しい」ということ。
連鎖が爆発せず、かといって消えないように、一定に保つにはどうしたら良いのか。
実際の原子力発電所では、
 ・ウラン235の割合が少ない、低濃縮ウランを使う。
 ・増えた中性子を吸収する、あるいは遮るように、制御棒でコントロールする。
といったことを行っています。
この Flashで例えれば、増えてゆく白い弾を適当に間引いて、一定量に保つという制御を行っているわけです。
でもこれ、やってみるとわかるのですが、なかなか難しいですよ。
当たる確率をちょっとでも増やすと、すぐにワラワラ状態になるし、
逆にちょっとでも減らすと、スカスカになって反応が終わってしまう。
連鎖反応って、本質的に不安定で、コントロールが難しいということがよく分かりました。

放射能に関わる話題は、本質的に全て「確率的」なのです。
ニュースを見ると「確率0.1%以下」といったような、白だか黒だかはっきりしないようなコメントを多く目にします。
しかしこれには致し方ないところがあって、たとえば半減期1つ取ってみても「確実に100%ゼロになる」ということが無いのです。
現実的には国の基準値などに照らし合わせて、極めて低い確率であれば安全、といった判断を下す必要があるのではないでしょうか。