固有ベクトルが直交するのは(2)

「エルミート行列はユニタリ行列によって対角化される」。
あるいは実数の範囲で「実対称行列は直交行列によって対角化される」。
・・・いったい何の宇宙語ですか? と思えるようなこの1フレーズには、
実は線形代数の重要な帰結が盛り込まれているのです。
ぶっちゃけ、この1フレーズがわからないと、量子力学が理解できません。
何とかこの謎のフレーズを幾何学的な直観で理解できないものだろうか。。。
あれこれ考えた末、なんとなく形になって見えてきたので、ここに書きとめておきます。
以下を読む前に、前記事に目を通しておくとよいでしょう。
* 固有ベクトルが直交するのは >> [id:rikunora:20090307]

話を単純化して、2x2の実数行列に限定しましょう。
まず最初に、平面全体を1本の直線上に、ぺったんこに押しつぶす変換というものを考えます。
このぺったんこ変換を行列で書くと、どうなるか。

こんな風に、ぺったんこになる変換の行列には、著しい特徴があります。
上の行と、下の行が同じ比率になっている、つまり a : b = c : d になっている、ということです。
その理由は、図を見ればわかるでしょう。
a : b = c : d なのだから、ad - bc = 0
つまりこれが「行列式の値が0」という意味です。

さて、平面を直線上にぺったんこする変換の中でも、特に価値が高いのは「直線に対してまっすぐ垂直に」ぺったんこする変換です。
これを正射影変換と言います。

平面全体を、原点を通る直線 a y = b x の上に、まっすぐ垂直に落とす変換をP(Projection、又はぺったんこ?!)としましょう。
Pを行列で書くと、

となります。
この行列Pの形には、さらに著しい特徴があります。
それは、2x2の行列を縦に見ても、横に見ても、比率が a : b になっているということです。
  → 横の比率が a : b、↓縦の比率も a : b
  a a  a b
  a b  b b
なぜこうなるのか、下の図を見てください。

2x2の行列に現れる4つの数字 a, b, c, d は、
xy平面上の点(1, 0)を点(a, c)に、点(0, 1)を点(b, d)に移すのだと読みとることができます。
この解釈に従って、点(1, 0)と点(0, 1)を垂直にぺったんこ変換したのが上の図です。
2つの直角三角形が合同であることから、b = c であることが見てとれるでしょう。
つまり、a : b = a : c になっているわけです。
ということは、元の2x2行列で考えれば、横の比率も a : b、縦の比率も a : b、
行列全体の形は
  a a  a b
  a b  b b
の定数倍になるというわけです。
※ 定数倍の値を計算すると、対角線を足した値(トレース)の逆数、1 / ( a^2 + b^2 ) となります。

ところで、ぺったんこ変換には、それと直交してペアになる「残りの」ぺったんこ変換、というものがあります。
図にすると、こういうこと。

ぺったんこ変換P1が、平面全体を直線L1: a y = b x に落とし込む変換だとすれば、
それと直交する直線L2: b y = - a x に平面全体を落とし込む、いまひとつのぺったんこ変換P2というものがあるでしょう。
(同じことを三次元にあてはめれば、きっとP1,P2,P3の3つのぺったんこ変換があることでしょう。)
図からわかるように、P1とP2は、平面上の点を、斜めに描かれた「新しい直交座標」に落とし込む変換になっています。
ここで発想の転換
このP1とP2を組み合わせて、平面上の点を「新しい直交座標」の上に再現できないものか、と考えてみるのです。
いま、平面上のある一点q をP1で変換した結果を P1 q としましょう。
P1 q は、直線L1 上の1点になります。
同じように、点q をP2で変換した結果を P2 q とすれば、P2 q は直線L2 上の一点になっています。
この2つの結果、P1 q と P2 q を(ベクトルとして)足し合わせたものは、元の点q に一致します。
式で書くと
 P1 q + P2 q = q
図に描くとこういうことです。

式で見ると難しそうだけど、図で見れば当たり前でしょう。

では次に、点q を、直線 a y = b x 方向に、2倍に拡大する変換というものを考えてみます。
それはつまり、P1を2倍にして足し合わせれば良い、ってことです。
式で書くと
 2 x P1 q + P2 q = q'   -- 直線L1方向に2倍に拡大.
図に描くと、こう。

さらに一般化して、点q を、直線L1方向にλ1倍、直線L2方向にλ2倍に拡大する変換は、
 λ1 x P1 q + λ2 x P2 q = q'   -- 新しい直交座標でλ1倍, λ2倍の点.

以上で、我々は平面全体を「新しい直交座標」上に変換する方法を見出したことになります。

・「新しい直交座標」の軸に対してまっすぐ垂直にぺったんこする変換(正射影変換)P1、P2 を用意する。
・P1とP2を組み合わせた(線形結合した)変換 H = λ1 x P1 + λ2 x P2 というものを作る。
・この変換 H は、平面全体を「新しい直交座標」の軸について、それぞれλ1倍、λ2倍したものになっている。

ところで、ぺったんこ変換P1、P2 は、最初に見てきた通り対称行列になっていました。
ということは、そのP1、P2を組み合わせて作った変換 H も対称行列になっているはずです。
逆に言えば、ある適当な対称行列 H を持ってくれば、
それは何らかの「新しい直交座標」への投影の組み合わせになっている、という訳なのです。
※この逆に言えば、のところは、正しくは数学的な証明が必要です。
※2x2の対称行列 H は3つの変数で表すことができるので、
※きっと、λ1, λ2, P1の傾き、という3つの変数によって表せるだろうと予想が付きます。

さて、ここまで来れば、最初に言っていた「実対象行列は直交行列によって対角化される」まであと一歩です。

・実対象行列というのは、変換Hのことです。
・直交行列というのは、「新しい直交座標」の軸に相当するベクトルを横に並べて書いたものです。
・対角化される、というのは、対角線上に λ1, λ2 を並べた行列のことです。

新しい直交座標の軸、直線L1 の方向ベクトルを e1 とします。
e1 を Hで変換すると、向きはそのままで、長さが λ1倍になります。
式で書けば、
 H e1 = λ1 e1    ・・・(1)
同様に、もう1本の軸、直線L2 の方向ベクトルを e2 とすれば、
 H e2 = λ2 e2    ・・・(2)
この2本の式を合わせて1つにすることを考えます。
2つの直線の直交するベクトル、e1 と e2 をくっつけて、1つの行列にまとめます。

これが直交行列です。
なぜ直交行列なのかと言えば、もともと直交している2つのベクトルを合わせたものだからです。
一方、λ1倍と λ2倍を1つの行列にまとめると、こんな風に対角成分だけの行列になります。

なぜ対角成分だけなのかと言えば、λ1は1番目の軸だけに作用し、λ2は2番目の軸だけに作用して、
それ以外の作用が0だからです。
こうして合わせて作った行列で、上の(1)式、(2)式を合体させると、
 H U = λ U
といった、シンプルな式にまとまります。
直交行列Uの逆行列を U^-1 とすれば、
 U^-1 H U = U^-1 λ U = λ U^-1 U = λ   (λは交換可能なので)
最終的に、
 U^-1 H U = λ
対称行列Hを、直交行列Uと、その逆行列U^-1でサンドイッチしたものが、対角行列λになります。
これが最初に言っていた「実対称行列は直交行列によって対角化される」ということです。

参考図書:タイトルの通り、固有値問題そのものズバリを、わりといい感じに解説した本。

固有値問題30講 (数学30講シリーズ)

固有値問題30講 (数学30講シリーズ)