すりきり米問屋
むかしむかし、お江戸の町に「すりきり屋」という、たいそうけちんぼうな米問屋がありました。
すりきり屋では、百姓から米を買い付けるときには、枡にふんわりと、そこはかとなく多めに米を盛り、
町人に米を売るときには、枡の上を厳しくすり切って、ちょっきりちょうどの分だけ売りさばいておりました。
あまりのけちっぷりに堪忍袋の緒が切れた村の衆は、訴えを起こし、ついに米問屋はお上の裁きを受けることになったのです。
お上「これより、米問屋、すりきり屋の所業について吟味を致す。一同の者、面を上げい!」
一同「はは〜」
お上「さて、すりきり屋。その方、商いに於いて誤魔化しを働き、百姓より多くの米を巻き上げ、
町人には出し渋ったとあるが、相違無いか。」
すりきり屋「はて、とんと思い当たりませんが・・・何かの間違いでございましょう。」
お上「しかし、そこの村人の訴えによると、村で米を測るときには多く盛り、
町内に卸すときには少なく盛っていたそうではないか。」
すりきり屋「ハッ、またそのような言いがかりを。
お奉行様、私ども米問屋は、日に何十回、何百回と米を測っております。
中にはたまたま多く盛られるときもあれば、少なく盛られることもあるでしょう。
そこの村人が見たとき、たまたま多いように見えただけで、事実無根のこと。
大方、ひがみやっかみの心根が、そのように見せたのでございましょう。」
お上「さて、このように申しておるが、村の者から何か申し立てることはないか。」
村人「お、お奉行様、聞いておくんなせい。
わしら村の衆が手塩にかけて育てた米を、この米問屋は抜かりなく利用していたのでございます。
決められた枡で測るのだというので、わしらも納得しておったのですが、
あるときお江戸の町で米を測るのを見たところ、わしらの村でしているのと全く違っていたのでございます。
村では、枡にふんわりと米を盛っているのに、
お江戸の町では、すりきり棒できっちりと、米を減らしているじゃあないですか。」
すりきり屋「だからそれが言いがかりだというのだ!
村と町では、店構えも違う、番頭も違う。
測りだって、違うように見えたっておかしくないんだ!」
お上「ひかえおろう!
さて、村の者よ、米の量が違っているという、何か証拠のようなものはないか。」
村人「証拠と申しましても・・・そうだ、銀さん! 銀さんが授けてくれた証拠があります!」
すりきり屋「なんだ、その銀さんってのは。」
村人「さあ・・・よく素性のわからない、遊び人でございますが、
その銀さんが『米の目方を測って記録しておくといい』と、教えてくれたのです。」
すりきり屋「けっ、遊び人かい。金だか銀だか知らないが、素性も明かせないやつの言うことが、信用できるもんか。」
お上「ほう、銀さんとな。して、その銀さんとやらの授けた証拠、見せてみよ。」
村 | 170 | 168 | 167 | 168 | 167 | 160 | 166 | 168 | 162 | 165 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
町 | 158 | 162 | 162 | 164 | 163 | 157 | 161 | 163 | 160 | 159 |
お上「ふむ、これによると、たしかに町の目方の方が、村の目方よりも一律に減っているようだが。」
すりきり屋「お代官様、先ほど申し上げましたように、こんなの偶然です。
日に何百回も米を測っている中で、10回だけ目方をとったら、たまたまそのとき減っていただけのこと。
現に、村で一番少ないときは162、町で一番多いときは164じゃないですか。
差があるといっても、ほんのわずか。こんなの誤差の範囲内ですよ。」
村人「違うんです! その、町で測っているところを実際この目で見たら、
やり方というか、手つきが全く違っているんです!」
すりきり屋「何をいい加減な。
ははぁ、さてはその銀さんやらとつるんで、適当な証拠をでっちあげて、わしらに因縁付けようって魂胆だな。
そうは問屋が卸さないってのは、このことよ。」
お上「・・・やいやいやいやい、黙って聞いてりゃしゃあしゃあと、口から出まかせぬかしやがって!
罪のない村人たちは騙せても、この検定結果はごまかせねぇぜ!」
すりきり屋「くっ、ま、まさか・・・」
お上「すりきり屋、その方、日に何百回も米を測っていると申しておったな。」
すりきり屋「はっ、は〜」
お上「検定結果によると、P(T<=t)両側は 0.000434、
つまり、このような差が生じるサンプルが採れる確率は 0.05% にも満たない。
百回どころか、千回測っても偶然見ることができない数字である!」
すりきり屋「・・・し、しかし・・・」
お上「せこい商売しやがって!
てめーが村からふんだくって、町ではケチケチ売るよう指示したっていう、ネタは上がってんだ。
だがこれも氷山の一角、追って厳しく取り調べ致す。引っ立てい!」
(すりきり屋、往生際悪く暴れながら引き捉えられる。)
お上「さて、村の衆よ」
村人「も、申し訳ございません。お奉行様とも知らず、数々のご無礼を・・・」
お上「うむ。今後、このような悪徳商人がはびこらないよう、農民から米を買い上げる際は
正しくすりきりで測るよう、御触れを出しておこう。」
村人「ありがとうございます、ありがとうございます、、、」
お上「これにて、一件落着!」
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
- -
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
■ やってみよう、t検定
そこはかとなく多めに盛った軽量カップと、棒できっちりすり切りで測った軽量カップとでは、
果たしてどの程度の違いが出るのでしょうか。
実際に180ccの軽量カップで試してみたのが、上の結果です。
まず、ふんわり自然に米を盛って、重さを測ります。
次に、こうしてハシで上の口をすり切ると、いくらかの米がパラパラと落ちます。
落ちた米を測ってみると、重量にして約3%程度でした。
さて問題は、すり切り操作を行う前と後で、はっきりとした違いを見抜くことができるかということです。
実際にすりきりを行った人であれば、前後の比較ができるので、明らかに減っていることがわかるでしょう。
(対応のあるt検定)
しかし今回のお奉行様のように、後から重量のサンプルだけを見て、すりきり操作を見抜くことができるでしょうか。
ここで有効な統計的手法が、平均の差のt検定です。
エクセルの場合、データ分析ツールのアドインの中に含まれているので、試してみると良いでしょう。
実は当初は私自身、この程度の差なら何とか誤魔化せるんじゃないかな、と思っていたのですが、
どっこいどうして、きちんと検定にかけてみると、すりきり操作を誤魔化すことはまず無理でした。
t検定って何? って思った人は、この本を見てみよう(宣伝! ^^);
悩めるみんなの統計学入門 - 統計学で必ず押さえたい6つのキーワード
- 作者: 中西達夫
- 出版社/メーカー: 技術評論社
- 発売日: 2010/11/19
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- 購入: 14人 クリック: 585回
- この商品を含むブログ (12件) を見る