まっすぐな面・曲がった面

丸い地球を平面の地図に直そうとすると、どこかに無理が出てきます。
よく目にするメルカトル図法では、北極と南極に近い部分が、赤道に近い部分よりも大きめに描かれています。
ならば、面積を正確にしようと別の図法で地図を作ろうとすれば、今度は方向に歪みが出てしまう。
面積も方向も正確に、と欲張れば、地図にたくさんの切れ目を入れないといけない。
これはつまり、球面と平面では「曲がり具合」が異なっていることを意味しています。
ところが球面ではなくて、円柱や円錐のような曲面であれば、正確な地図を作ることができます。
円柱や円錐は、平面と同じように「まっすぐな」性質を持った面なのです。
ぱっと見に気付くのは、球面がどの方向にも曲がっているのに対して、
円柱や円錐は一方向にまっすぐであるということです。
ということは、簾のようにたくさんの直線を並べて作った曲面であれば、
正確な平面の地図が作れるということなのでしょうか。
ちょっと試してみましょう。

用意するもの:わりばしをたくさん、地図になる絵。

わりばしに絵を貼って、細かい線に切り分けます。

まずは円柱面に巻いてみましょう。
絵柄を損なうことなしに、平面がそのまま円柱面になることがわかります。
まあ、予想通りと言うべきなのでしょうけれど。

それでは、この円柱状に並べたわりばしを、少しねじってみましょう。
こんな形の「鼓型」になります。

絵柄がどうなっているか、分かり難いと思いますが、心の目で見てください。
ウェストが細く絞られて、頭と足が膨らんだ形になっています。

さらに強くねじってみました。
もはや絵柄は原型を留めていません。
絵柄が大きく歪んでいる様子が分かるでしょうか。

もう1つ、今度は別の並べ方をしてみましょう。
わりばしを扇型に、少しずつねじりながら積み上げてみます。

絵柄はまたわかりにくいのですが、扇の外側に向けて広がってゆくのがわかるでしょうか。

鼓型も扇形も、直線を並べて作った曲面です。
しかし直線でありながら、絵柄が正確に反映されない、正確な地図が作れない面なのです。
直線を並べて作った面のことを「線織面(せんしょくめん)」、
正確な地図が作れる面のことを「可展面」と言います。
そして上で試したように、直線をねじってつなげた面は、線織面でありながら可展面では無いのです。

上で作った鼓型には「一葉双曲面」、扇形には「常螺旋面」という名前が付いています。
* 微分幾何 -- いろいろな曲面
>> http://komurokunio-id.hp.infoseek.co.jp/diffgeom/varioussurface.html
* 微分幾何 -- 常螺旋面
>> http://komurokunio-id.hp.infoseek.co.jp/diffgeom/righthelicoid.html

それでは、一体どのような性質を持った面が、正確な地図が作れる「可展面」なのでしょうか。
平面の地図が作れる面は、おそらく「曲がっていない面」ということなのでしょう。
でも、それを言ったら直線から作った線織面だって「曲がっていない面」なのではないか。
いったいこの「曲面の曲がり具合」を、どのように考えたら良いのでしょうか。

もし面ではなくて線だったらな、「曲がり具合」を表すことは難しくありません。
簡単に言えば、曲線上をバイクで走ったときに、
カーブを曲がるときに切ったハンドルの角度が曲線の曲がり具合です。
バイクのコーナリング半径のことを「曲率」と言います。
実際のバイクはカーブに合わせて小刻みにハンドルを調整しているので、
曲率とは、その瞬間ごと、その点ごとに変化する値です。
同じ事を、今度は曲面にあてはめたらどうなるか。
曲面は、曲線のような1本道ではないので、どの方向にバイクを走らせるかが問題になります。
そこで、あらゆる方向の中から
・面がふくらんでいる向きに、カーブが最もきつく曲がっている方向と、
・面がへこんでいる向きに、カーブが最もきつく曲がっている方向、
この2方向のカーブを取り上げることにしましょう。
滑らかな曲面の場合、実はこの2方向は必ず直行しています。

2方向のカーブというのは、この図の赤と緑の矢印に相当します。
球面や、丘のように出っ張っている面では、へこんでいる向きのカーブはありません。
その場合、ふくらみが最もきついカーブと、ふくらみが最も緩やかな2本のカーブを取り上げます。
図の一番右端にあるのは、峠型、あるいは馬の鞍のような形です。
この場合は一方のカーブがふくらんでいて、それと直行する、もう一方のカーブはへこんでいます。
図の中央、円筒形の面では一方がふくらんでいて、もう一方は直線です。
ここで便宜的に、ふくらんでいるカーブの曲線としての曲率を+(プラス)に、
へこんでいるカーブの曲線としての曲率を−(マイナス)とします。
そして、曲面全体の曲がり具合を、
  [曲面の曲率] = [赤い矢印の曲率] x [緑の矢印の曲率]
としましょう。
つまり、2つの直交する曲線の掛け算を、曲面全体の曲がり具合だと考えるのです。
このように、[赤い矢印] x [緑の矢印] で定義された曲率のことを「ガウス曲率」と言います。
ガウス曲率がわかると、曲面の何がわかるのか。

定理:
もし1つの曲面があるほかの曲面に展開(develop)されるならば、各点での曲率の大きさは変わらない。
    -- 数学が育っていく物語/曲面、より引用

これには「ガウスの驚異の定理」という、驚くべき名前が付いています!
この定理によれば、お互いに「正確な地図が作れる」のは、曲率が同じ面同士である、ということになります。
平面はガウス曲率0ですから、平面の地図が作れる曲面は、ガウス曲率が0の面に限られるのです。
(つまりガウス曲率0=可展面です)
円筒や円錐は、ガウス曲率0です。
球面や楕円面は常にガウス曲率が正の値をとりますから、どうがんばっても平面の地図にはなりません。

それでは、わりばしを並べて作った一葉双曲面は?
一葉双曲面のガウス曲率は、常に負の値となるので、やはり平面の地図を作ることはできません。
ガウス曲率の計算は、かなり大変です。結果だけ書くと、

一葉双曲面: x^2/a^2 + y^2/b^2 - z^2/c^2 = 1 という面のガウス曲率は、
 K = -1 / { a^2・b^2・c^2 (x^2/a^4 + y^2/b^4 + z^2/c^4)^2 }

とにかく分子が -1 で、分母が何らかの数の2乗 > 0 ですから、常に負の値となっています。

しかし、面の内部に直線が含まれているのであれば、ガウス曲率は0になるのではないか?
なのになぜ、一葉双曲面はガウス曲率が負なのでしょうか。

一葉双曲面の、もっともカーブがきつい方向と、直線の様子を図にすると、こんな風になります。
青い線が直線、赤と緑の矢印がもっともカーブのきつい方向です。
ポイントは、赤と緑の矢印に対して、青い直線が斜め方向に出ているということです。
直線が赤と緑の方向に一致しない限り、ガウス曲率は0にはなりません。

もう1つ、わりばしを扇形に並べた常螺旋面では?

常螺旋面: (x, y, z) = (u Cos(v),u Sin(v),a v ) という面のガウス曲率は、
  K = - a^2 / (u^2 + a^2) ^2
    -- 微分幾何 -- 常螺旋面に詳しい計算が載っています.

分子にマイナスが付いて、分母は正ですから、これも常に負の値をとります。
a に比べて u がうんと大きくなれば、K はほとんど0に近づきます。
これはつまり、軸から離れた部分ならば、扇の面はほとんど平らなので、
絵柄の付いた平面の紙が貼れるということを意味します。

曲線,曲面の微分幾何については、このサイトにとても良くまとまっています。
* 微分幾何 >> http://komurokunio-id.hp.infoseek.co.jp/diffgeom/diffgeom.html
本格的に知りたい人には、定番のこの本がおすすめ。

曲線と曲面の微分幾何

曲線と曲面の微分幾何


一葉双曲面は、建築デザインにいろいろと応用されているようです。
* 一葉双曲面とウラジーミル・シューホフ
>> http://blog.goo.ne.jp/slide_271828/e/14733125aa2f72f08fc75c3fbf2c4b19
* 参考:サイコロ回転体 >> [id:rikunora:20081025]