ランチェスターの法則

今から200年ほど昔のこと。
ヨーロッパ大陸に、世界征服をもくろむ一人の天才が現れました。
天才の名は、ナポレオン。
ナポレオンは強力な軍隊を率いて、ヨーロッパの大半を手中に収めます。
ところが、ナポレオンの野望の前に、ライバルが立ちふさがります。
ライバルの名は、ネルソン。
ネルソンはイギリス海軍を率いて、ナポレオンの行動をことごとく阻止します。
ナポレオンは、イギリス侵攻を決意します。
当時、ナポレオンには35万の軍隊があったと言います。
もしそれがイギリス本土に上陸したら、もう降服するしかありません。
なのでイギリスとしては、どうしてもナポレオンを海の上で押し止めておく必要があったのです。
かくしてヨーロッパの運命は、ナポレオン対ネルソンの海上決戦に委ねられることになりました。
ナポレオンはスペインを味方につけて、フランス・スペイン連合艦隊は数の上ではイギリスよりも勝っていました。
フランス・スペイン連合艦隊46隻に対して、イギリス艦隊40隻。
さあ、もし君がネルソン提督だったら、この国難をどう乗り切る?

軍隊同士の戦いは、基本的には数で決まります。
46対40程度なら、すごくがんばればひっくり返せるのではないか・・・
いえいえ、特に海上の戦いでは、数の差は絶対なんです。
戦力の大きさは数に比例するのではなく、数の2乗に比例する、と言われています。
この場合 46 : 40 ではなくて、46^2 : 40^2 = 2116 : 1600、約 1.3 倍。
もし両軍が全滅するまで戦ったとしたら、√(46^2 - 40^2) = 22.7、
イギリス海軍が全滅したとき、フランス海軍は約半数の23隻残っている勘定になります。
たとえ最初の差がわずかであっても、戦いを進めるうちに、
そのわずかの差がじわじわ広がってきて、最後には大差が付くことになる。
海上のように何もないところでは、一度付いた差を逆転するのは極めて困難なのです。

「戦力の大きさは数の2乗に比例する」
これは、ランチェスターの(第二)法則と呼ばれています。
なぜ、数に比例ではなくて、数の2乗に比例するのか。
まずは数式を使って考えてみましょう。
2つの軍隊の数を、それぞれ x, y とします。
簡単のため、両軍の1隻同士の強さは同じだとしましょう。
 x 軍の損害は、y 軍の数に比例します。
 y 軍の損害は、x 軍の数に比例します。
これを式に書くと、
 dx/dt = - y
 dy/dt = - x
ここで dx/dt は、x の時間変化、つまり x の微分という意味です。
右辺にマイナスが付いているのは、数が減る、という意味です。
この2式を次のように変形して、
 dx = -y・dt
 dy = -x・dt
上の式を下の式で割ってやります。
 dx/dy = y/x
さらに変形。
 x dx = y dy
両辺を積分すると、
 ∫x dx = ∫y dy
 1/2 x^2 + c1 = 1/2 y^2 + c2
結論として
 x^2 - y^2 = (一定値)
確かに、戦力の差は、数の2乗の差になっています。
微分積分って、こんなところに使うんですねー)
2乗の差が一定、というのは、グラフに描くと双曲線になります。
こんな感じです。



さて、数式を見てもさっぱり実感が湧かないという人のために、
もう少し具体的なメカニズムを探ってみましょう。
仮に、10隻のフランス軍と、5隻のイギリス軍が戦ったとします。
一隻が一発ずつ砲弾を撃つとすると、フランス軍は10発の弾が撃てるのに対し、イギリス軍は5発の弾しか撃てません。
それだけではありません。
フランス軍は、5発の弾を10隻の戦艦で受ければ済むのですが、
イギリス軍は、10発の弾を5隻の戦艦で受けなければなりません。
1隻あたり受ける弾の数は、
 フランス軍: 5/10 = 1/2
 イギリス軍: 10/5 = 2
つまり、攻撃力が数に比例し、防御力も数に比例するんです。
だから、攻撃力x防御力 = 数の2乗 。

こんな計算をすると、小数の側はどうあがいても多数に勝てない、と思ってしまうのですが、
それでも戦いに挑まねばならなかったネルソン提督はどうしたでしょうか。
ネルソンは、天才的な作戦でこの困難を乗り切るのです。
その作戦とは、
 「敵を分割する」
こと。
仮にフランス軍の46隻が2つに分かれていて、23隻+23隻だったとしましょう。
まず最初の23隻に対して、イギリス軍40隻全艦でかかったとします。
この戦いで残るイギリス軍は、
 √(40^2 - 23^2) = 32.7隻
そして、生き残った32隻で、残りの23隻と戦うのです。
 √(32^2 - 23^2) = 14.4隻
驚くべき作戦!
つまり、軍隊というものはできるだけ一丸となって、一カ所に集中した方が圧倒的に強いのです。
逆に言えば、大きな軍隊を、2分割、3分割してしまうのは最悪の作戦ということになるでしょう。
ランチェスターの第二法則は、別名「集中効果の法則」とも呼ばれています。
できるだけ1つに集中する。
実際の局面では様々な要因が働いて理屈通りにはいかないのですが、それでも「原則は集中」であることには違いありません。

実際にネルソン提督が立てた作戦は、もう少し複雑なものだったようです。
イギリス軍を16隻、16隻、8隻の3列縦隊にして、46隻のフランス軍艦の1列縦隊の横腹につっこむ。
これによって、フランス軍を前衛の23隻と、後衛の23隻に分断する。
前衛23隻と、16隻+16隻の32隻が戦う。
後衛23隻と、8隻が戦う。
最終的には約5隻のイギリス軍が生きのこる、というのがネルソンの机上プランでした。

ナポレオン対ネルソンの運命の海戦は、1805年、スペインのトラファルガル岬の沖で行なわれました。
wikipedia:トラファルガーの海戦
フランス・スペイン連合艦隊33隻に対して、イギリス艦隊27隻。
イギリス艦隊は2列縦隊となって、フランス艦隊の中央を分断します。
その結果、イギリス艦隊は大勝利を収めたのですが、
ネルソン提督自信は狙撃兵の流れ弾に当たって、命を落としました。
敵の中央に突っ込む、という作戦上、旗艦が集中砲火を浴びるのは覚悟の上だったのです。
今日、世界の標準語は英語ですが、もしここでネルソンが負けていたら、きっと世界はフランス語になっていたと思うのです。

以上のランチェスターの法則、もともとは戦争の話だったのですが、
今日では経営、マーケティングと呼ばれる分野に広く応用されています。wikipedia:ランチェスターの法則
経営者であるかどうかはともかく、日常的な判断においても「原則は集中」は大いに参考になるのではないでしょうか。
たとえば、2つの仕事を並列で同時に行うより、まず1つを片付けて、次に2つ目に当たった方が効率的です。
仕事が2つに増えると、50%+50%ではなくて、それ以下になってしまうという経験ありませんか。
できるだけ、1度に1つづつ集中すること。
これ、かなりの効果がありますよ。

ランチェスターの法則」でググってみると、関連記事がたくさん出てきます。
* 知識人のための海軍戦略
>> http://pathfind.motion.ne.jp/sp.htm
 読み物として、これが一番おもしろい。歴史もわかってGood。
* 社会のモデル入門 -- ランチェスター2次則
>> http://www.ocw.titech.ac.jp/index.php?module=General&action=T0300&GakubuCD=150&GakkaCD=150&KougiCD=0413&Nendo=2008&Gakki=2&lang=JA&vid=03
 大学で使った講義資料らしい。数式入りのしっかりした解説。
 講義ノート -> 第4回 ランチェスター2次則(pdf) をダウンロードしてみよう。