ラグランジアンに意味は無い

広くて平らな草原のような土地で、スタート地点からゴール地点まで、最も経済的にたどりつく道筋は?
どこを走っても構わないのであれば、一直線にまっすぐ進むのが最も済的な道筋でしょう。
それでは、向かって左側が沼地になっていて進むのが困難、右側に行くほど地盤が固くて快適だったら?
この場合は直線に進むよりも、いくぶん右よりにカーブして進んだ方が全体として得なわけです。
だからといってうんと右側に曲がっていっては、かえって遠回りになってしまいます。
結局のところ、路面の進みやすさに応じて、適度に右よりにカーブした道筋が一番よいということになるでしょう。
道筋は途中に何があるかによって変わってきます。
例えば、右手に火山のような障害物があって、できるだけ離れた場所を通りたい、
あるいは、途中に風光明媚な湖があって、できれば近くを通って行きたい、などなど。。。
実際の地図を眺めてみても、道というものは、いちばん良いところに自然に落ち着くように思えます。
それでは、もし地形や状況を意のままに設定することができたら、どうなるか。
きっと思った通りの道の形が自然にできあがるのではないか。
例えば、放物線のカーブが描きたかったら・・・
これがラグランジアンの発想です。

ラグランジアンとは、解析力学に登場する、何とも得体の知れない数式の塊です。
・・・少なくとも、私にとってはそのようなものでした。
物理に登場する量、例えばエネルギーとか、運動量といったものは、
それなりに物理的なイメージを思い描くことができます。
ところが、そうした具体的なイメージをラグランジアンに当てはめようとすると、どうもうまく行きません。
ラグランジアンとは、何らかの物理的な意味を持ち合わせている量では無いのです。
上記の道路と地形の例のような、「目的に適ったカーブを描き出すための状況設定」、
それがラグランジアンの正体なのだと私は思っています。

ラグランジアンを理解するのに最低限必要な知識は、次の3つです。
1: 物体の位置の微分は速度、速度の微分は加速度。
  運動というものは2階の微分で表される。
2:2変数関数の微分
  δとεがほんのちょっぴりだったら、
  f( x+δ, y+ε) - f(x + y) = (∂f/∂x)δ + (∂f/∂y)ε
3: 部分積分
  たぶん高校で習うのだと思う。積の微分の逆。
   (fg)' = f'g + fg'   <-- 積の微分
   fg' = (fg)' - f'g
   ∫fg' = fg - ∫f'g   <-- これが部分積分だよ
  私は未だに覚えられず、部分積分が出る度に必ずこの3行を書いています。

まず、最も経済的な道筋を計算する方法を考えてみます。
思い当たるのは、前進するのにかかったコストを道沿いに足し合わせてみる、という方法。
例えて言えば、消費したガソリンの量を道路1メートル毎に細かく足し合わせてゆく、といった感じです。
この前進コストを L という記号で表すことにします。
ある道筋にかかったトータルコストは、L をスタートからゴールまで足し合わせたものです。
  (トータルコスト) = ∫ L dt
L と書いたから知れるのですが、この L こそがラグランジアンと呼ばれているものです。
今はまだ具体的な中身の無い、未設定の状態です。
ところで、L は何に依存しているのか。
地図の例だといろいろあるでしょうが、力学の問題の場合は「物体の位置と速度」に依存します。
物体の位置と速度は、いずれも時刻 t の関数なので、
   [物体の位置] = q(t)
   [物体の速度] = q'(t)
と書くことにしましょう。
解析力学では x と書かずに q と書くのが習慣らしい)
L が物体の位置と速度によって決まる、という意味で、改めて関数っぽく書き直すと
  (トータルコスト) = ∫ L( q(t), q'(t) ) dt
となります。

最も経済的な道筋というのは、そこから右にちょっぴり外れても、左にちょっぴり外れても、
余計にコストがかかってしまうといった状況にあります。
つまり L が極小となっているような道筋です。
極小点を探すには、微分で変化がゼロになる点を探すのと似たような方法が使えます。
極小点では q や q' がちょっぴり変化しても、L の微少変化が0になっていることでしょう。
  (コストの変化)
  = (ちょっぴりずれた道筋) - (最も経済的な道筋)
  = L( q(t)+δq(t), q'(t)+δq'(t) ) - L( q(t), q'(t) )
ちょっぴりずれたところを δ という記号で書いてあります。
いちいち (t) を付けると見にくいので、省略します。
  = L( q +δq, q'+δq' ) - L( q, q' )
  = (∂L/∂q) δq + (∂L/∂q') δq'
上に書いた「2変数関数の微分」と同じことだよ。
さて、最も経済的な道筋では、コストの微少変化が0になっているはずです。
  ∫ { (∂L/∂q) δq + (∂L/∂q') δq' } dt = 0
ここで部分積分の出番です。式の後半部にあてはめます。
  ∫ { (∂L/∂q) δq - (d/dt(∂L/∂q')) δq } dt + [ (∂L/∂q') δq ] = 0
途中をちょっぴりずらしても、スタート地点とゴール地点は変えていないので、[***] のところは0です。
  ∫ { (∂L/∂q) δq - (d/dt(∂L/∂q')) δq } dt = 0
  ∫ { (∂L/∂q) - (d/dt(∂L/∂q')) } δq dt = 0
結局のところ、最も経済的な道筋では、中身の {***} のところが0になるわけです。
  ∂L/∂q - d/dt(∂L/∂q') = 0
この式のことを「オイラーラグランジュ方程式」と言います。wikipedia:ラグランジュ力学

さてこの「オイラーラグランジュ方程式」は、一体何を表しているのか。
それは、「最も経済的な道筋が満たす条件」です。
状況や地形を設定すれば、それに従って一番よい道筋が自然にできあがる・・・
この式は、正にそれをやってのけてくれるのです。
ここまで、L の中身を具体的に決めていませんでした。
この方程式はいわば枠組みだけで、状況に応じて適切な L を設定すれば、いろんな場面に広く応用可能なんです。
とにかく
・2階の微分が関係していて
・最適な道筋を計算したい状況
に、全て応用できます。
ここまで「最も経済的」という言い方をしてきましたが、
物理では普通「最小作用の原理」という言い方をします。wikipedia:最小作用の原理
あと「道筋」は、普通「経路」と言ってます。

* L の一番簡単な例: 物体の落下
普通の古典力学では、以下のようにLを設定します。
 L = T - U
  Tは運動エネルギーのことで、T = 1/2 m q'^2 としましょう。
  Uは位置エネルギーのことで、とりあえず普通に重力 U = m g q を入れてみましょう。
ここで、なぜそうなるの?! といった疑問は後回しにすること。
このように設定すると、うまい具合に古典力学にあてはまるのだと割り切るべし。
とにかくこのLを、オイラーラグランジュ方程式にぶち込んでみます。
  ∂L/∂q' = m q'   (運動量になる)
  ∂L/∂q = - m g   (力が出てくる)
これらを方程式に入れてみよう。
  ∂L/∂q - d/dt(∂L/∂q') = 0
  - m g - d/dt( m q' ) = 0
  d/dt( m q' ) = - m g
  m q'' = - m g
確かに、普通の運動方程式 m α = F と同じになりました。
古典力学の場合、とにかく L = T - U に設定すれば、
いわゆるニュートン運動方程式と同じ結果が得られます。
この例だと全くありがたみが感じられないですが、もうちょっと複雑になると、
Lを使った方が俄然計算が楽になるんです。
(例はあちこちのページに書かれているから、ここでは省略)

それでは、なぜ T - U だと上手くゆくのか、空中に放り投げたボールの気持ちになってイメージしてみましょう。
放り投げたボールは、文字通り放物線を描いて飛んでゆきます。
カーブは上側にふくらんで曲がっている。
冒頭の地図と道路のイメージを思い描けば、下側に「通過しにくい沼地」があるんです。
ボールは「沼地を避けるように」飛んでゆく。
なので、位置エネルギーUにはマイナスが付く。
そうすれば、上を通過するほど低コストになるでしょう。
ならば、そもそもTは不要なのでは、と思えるのですが、そんなこともない。
もしTが無かったら、ボールはどこまでも沼地を避けて、うんと高いところまで飛んでいってしまう。
できるだけゆっくりと、しかも下方の沼地を避けること。
それが L = T - U の意味。
そうすれば、ボールはふんわりと放物線を描いて飛んでゆくことになるでしょう。

この L = T - U という式を見て、こんなふうに悩んでしまう人が多いのではないでしょうか。
 なぜに (運動エネルギー)−(位置エネルギー) なのか?
 これが (運動エネルギー)+(位置エネルギー) であれば、全エネルギーを表しているのに。
 うむぅ〜〜〜?!
私も最初はそう思いました。
それが間違いのもと、「ラグランジアンに意味は無い」んです。
しょせんは「経路を描き出すのに都合の良い設定」に過ぎないのです。

* L の一番有名な例: 最速降下曲線
  L = √{ ( 1 + (d^2y/dx^2)^2 ) / ( 2 g x ) }
と設定すると、描かれる曲線は最速降下曲線、サイクロイドになります。
この場合のLのことを、普通「ラグランジアン」とは呼ばないのですが、
古典力学のものと区別がつかないので)計算のこころは同じです。
とにかく別の設定にすると、別の経路が描けるのだぞ、ということが言いたかったわけ。
解説は長くなるので書きません。
気になる人は「最速降下曲線」でググれ!

解析力学については、WEB上にすぐれた説明がたくさんあります。
中でも秀逸なのが、これ。
 * EMANの物理学・解析力学・つじつま合わせ なぜ L = T - V なのか。
 >> http://homepage2.nifty.com/eman/analytic/makelag.html
書籍では「物理数学の直感的方法」という本に、わかりやすい解説がありました。
あと、ちゃんと勉強したい人向けには、この本が決定版だと思う。

量子力学を学ぶための解析力学入門 増補第2版 (KS物理専門書)

量子力学を学ぶための解析力学入門 増補第2版 (KS物理専門書)



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