最もおいしい肉

ビフテキなどの動物の肉は「身がやわらかくっておいしい」といいます。
魚料理は「身がしまっていておいしい」といいます。
ビフテキについて、あまり「身がしまっている」とは言いませんよね。
なんか固い肉を想像しますから。
一方、魚について「身がやわらかい」とも言わないでしょう。
なんかグズグズに崩れかけた白身魚みたいなものが想像されてしまいます。
この一事から、最もおいしい肉とは
 「陸上動物よりもやわらかく、魚よりも固い」
ものだということになります。

そもそも肉の固さは何で決まるのでしょうか?
正確なところわかりませんが、たぶん
・筋繊維の長さ
・脂肪の混じり具合
が大きな要因ではないかと思います。
筋繊維の長さは、ぱっと見に陸上動物が長くて、魚が短いでしょう。
ということは、何らかの方法で陸上動物の筋繊維を短くすれば、最もおいしい肉に近づけるはずです。
試しにタンパク質分解酵素でもふりかけてみたら、とっても柔らかくなるかもしれません。
問題は、その柔らかくなった肉を食べるのに勇気が必要ってことですね。
反対に、魚の短い筋肉繊維を延ばしてみては?
この努力は魚肉ハンバーグなどで為されているようです。
魚肉には、骨っぽいとか、食用になりにくい雑魚とか、アラなど、無駄になる部分がたくさんあります。
そういった無駄肉を特殊な溶剤に溶かして、次に合成繊維を作るみたいに細い穴から絞り出す。
そうして挽肉みたいなものが作れるのだ、という話を聞いたことがあります。
なんか工場みたいです。
ホントかなと思って、改めて合成肉の作り方をあれこれネットで検索してみたら・・・なんだか怖くなってきた。
具体的にどの記事とは言いませんけど、少なくとも肉の合成技術は私なんかが思っているより、ずっとずっと進んでいることがわかりました。

さて、もう一方の要因である「脂肪の混じり具合」。
こちらの方は単純に「高カロリー旨いの法則」に従っているように思います。
霜降り、トロマグロ、うなぎの蒲焼き・・・
並べておいしいと言われている肉は「細かく筋繊維の間に脂肪が混じった」ものです。
難しいのは、細かく混じっていないといけないことですね。
例えばバラ肉は脂肪がいっぱいですが、白身と赤身が細かく混じり合っていないので、なかなか一番になれません。
以上をまとめると、最もおいしい肉とは
 「筋繊維の長さが魚と陸上動物の中間にあって、脂肪が細かく入り交じったもの」
ということになるでしょう。
この最もおいしい肉を、わりと手軽に実現している食材があります。
それは「シーチキン・マヨネーズ」です。
シーチキンは魚ですが、チキンと呼ばれるだけあって、蒸した後の状態ではわりと固くなっているでしょう。
つまり、魚の中で最も固めの部類に属しているわけです。
それを、マヨネーズという脂肪と細かく混ぜ合わせる。
理屈で言えば、これが最もおいしい肉に近いはずです。
この理屈は案外正しくて、実際にシーチキン・マヨネーズはコンビニのおにぎりで1,2を争う人気商品となっています。
(ちなみにシーチキン・マヨネーズと争っているのはシャケ。
 私自身はシャケを良く買いますが、シーチキン・マヨネーズはほとんど買いません。
 なのでこんなことを書いておきながら、自身ではあまりシーチキン・マヨネーズを認めていないんです。
 でも周囲に聞いてみると、確かにシーチキン・マヨネーズには人気があります。)

それではなぜ「筋繊維中間、脂肪混じり」の肉が最もおいしいのでしょうか。
脂肪は栄養価が高いということで良しとして、問題なのは筋繊維の長さです。
単純に栄養価だけを考えれば、筋繊維は短ければ短いほど消化しやすい。
いっそアミノ酸のスープみたいなものが、最もおいしいということになってもよさそうじゃないですか。
この謎については、長らく入院している知人のお見舞いに行ったときにヒントを得ました。
病院では患者の健康を気遣って、健康的な、消化によい、刺激の少ない食べ物しか出てきません。
それはもちろん医学的には正しいのですが、心理的には、何かが物足りなくなってくる。
何か、歯ごたえのある、ジャンキーなものが食べたくなってくるんです。
つまり、栄養とは別に、適度な歯ごたえが必要なんです。

どの程度の歯ごたえが、最も適度なのか。
ここで話は変わるのですが、もしあなたがコンピューター・ゲームに挑んだとき、どの程度の難易度を最もおもしろいと感じるでしょうか。
ゲームの中には、理不尽に難しいものもあります。
例えば、これ人間ができるのか、と思えるような全面弾幕シューティング。
中にはそんな硬派なゲームに燃える人もいるでしょうが、私だったらすぐに投げ出しますね。
その反対に、一度で簡単に解けてしまうパズル・ゲームというものも、全くおもしろくない。
なんか、やるだけ時間の無駄、という気がしてきます。
私の基準ですと、「3回目にしてクリアーできる」というのが最もおもしろいゲームであるように感じます。
このゲームクリアーの感覚、そっくりそのまま食べ物の咀嚼にあてはまっている気がしませんか。
つまり「3回噛んで飲み込める」のが、最もおいしい。
そんなのこじつけでしょうか。
でも、やり甲斐のあるゲームは「歯ごたえがある」って言うじゃないですが。
困難が大きなものは「歯が立たない」。
難しい物事の理解は「咀嚼する」。
ゲームも食事も、共に人の感じる楽しみの1つでしょう。
そこには、適度な歯ごたえをクリアーする、という共通の感覚があるように思うのです。

現代人の顔の特徴の1つは「あごが細くなっている」ことが挙げられます。
* 日本人の顔の進化 縄文から現代まで
 >> http://www.kahaku.go.jp/special/past/kao-ten/kao/nihon/nihon02.html
* 未来の日本人の顔
 >> http://www.kahaku.go.jp/special/past/kao-ten/kao/mirai/mirai-f.html
最近のマンガに出てくるキャラクターみたいですね。
あごが細くなる要因の1つとして、食べ物が柔らかくなってきたことがあるでしょう。
確かに、私が小さい頃と比較してさえ、食べ物はどんどん柔らかくなっていると感じます。
人間の顔の形はそう簡単に変化しないでしょうが、人間の嗜好はずっと急激に変化します。
未来の肉の姿を考えると、歯ごたえはどんどん小さくなる傾向にあると予想されます。
ビフテキからハンバーグに、ハンバーグからフカフカの練り物に、そして最後には本当に、アミノ酸スープが一番おいしい、ということになるかもしれません。
実は、コンピューター・ゲームにも似たような傾向が見られます。
昔のゲームは、もっと解くのが難しかったように思うのですが、気のせいかな。
さらに、ゲームだけではなく、書物一般についても「だんだんやわらかく」なっている気がします。
昔は親切な解説書なんか無くて、苦労しながら原著にあたるのが当然だったのでしょう。
文化とは、進むにつれてだんだん柔らかくなってくるものなのでしょうか。
・・・だんだん年寄りのぼやきみたいになってきた。
たまには固い干し肉でもかじってみよう。