分数革命・虚数革命・数体革命

かなり以前の話なのですが、縁あって中学生の家庭教師をしていたことがあります。
その子は別に頭が悪かったわけでもなく、ふまじめだったわけでもないのですが、「分数」というものがわからなかった。
どうしても理解できなかったので、結局は「公式パターン暗記」に走りました。
そのとき気付いたのですが、算数が好きになるか、嫌いになるかの第一関門は、どうやら「分数」にあるみたいなんです。

改めて思い返してみると、分数ってけっこう難しいですよね。
とりあえず「パターン暗記」で済ませたって人、実は少なくないんじゃないかな。
そのことを見破るには、次の質問が有効です。

 * なぜ分数の割り算は、ひっくり返して掛けるのか?
これって案外知った顔した大人でも、言葉につまるんですよね。
上手に説明できますか?

私の考えた説明は、こんな感じです。
割り算というのは比率のことですから、全体をスケールアップしても答えは変わりません。
たとえば、
  6 ÷ 3 = 2
全体を10倍しても、
  60 ÷ 30 = 2
で同じこと。
この方法は
  4/5 ÷ 2/3
といった分数の計算にも使えます。
上の計算は、2/3 といった複雑な数で割るからよくわからない。
全体を3倍にスケールアップすれば、簡単な整数の割り算に持ち込めます。
  (4/5 x 3) ÷ (2/3 x 3)
= (4/5 x 3) ÷ 2
2で割る、ということは x 1/2 と同じ事です。(←これ、わかるよね?!)
なので
  (4/5 x 3) ÷ 2
= 4/5 x 3 x 1/2
= 4/5 x 3/2
ほら、ひっくり返して掛けているでしょ。
もう一度、同じ事を書いてみますよ。
  4/5 ÷ 2/3
 = 4/5 x 1 ÷ 2/3
 = 4/5 x (3/2 x 2/3) ÷ 2/3
 = 4/5 x 3/2 x (2/3 ÷ 2/3)
 = 4/5 x 3/2 x 1
 = 4/5 x 3/2
ほらね!

「数」というものに着目した場合、考え方を大きく覆す関門が3つあると思います。
  第一関門:分数
  第二関門:虚数
  第三関門:数体
第一関門の分数は、頭の中でワンクッション操作を入れる、ということです。
少数は見たままの数字なので、分数のような苦労がありません。
一方分数は、割り算という操作を通じて初めて理解できる複雑な概念です。
これが第一関門。

第二関門の虚数は、名のごとく実世界に存在しない数です。
そんなの在りかっ?!
私にとって、これは思考の革命でした。
何に心打たれるかは人それぞれだと思いますが、私の場合は「虚数」でしたね。
何がすごいって、物理的にこの世に存在しないものであっても、数式の中ではありってことです。
つまり「頭の中の方が、現実の世界よりも広い」ってことじゃないですか。
もし現実の世界と、バーチャルリアリティの世界で広さを競ったら、最終的にはバーチャルの方に軍配が上がるわけです。
それまで私はなんとなく、現実の世界の方が広くて、人知で超えることはできなくて、
人間の頭脳はせいぜい現実世界の真似をするだけだと思っていました。
ところが人間の想像力は、私が思っていたよりずっと柔軟だったのです。
人間の頭脳は、現実世界に無いものを生み出すことができる。
この凄さがわかりますか。
バーチャルの勝ち。
いままで何気なく見過ごしてきた人は、今、この場で気付こう!

ところがその後、やっぱり現実世界はそんな狭くはなかった、ということがわかってきました。
虚数は、ちゃんと現実の世界にも在ったのです。
それは量子力学というものをかじるとわかります。
たいへん不思議なことですが、世界は実数ではなくて、虚数(複素数)で成り立っているらしいのですね。
なので「虚数」という名前は、実はあまり良くないんです。
「裏数」とか「忍び数」とかが良いのではないですかね。(裏とか、忍びとかって、かっこいいでしょ)
いまさら名前変更はできないでしょうけど。
で、リアル対バーチャルの戦いは、また五分五分にまで戻りました。
うんと頭が柔軟であれば、リアルを完全に出し抜くような概念も生み出せると思うのですが。
でも、そう思っていたら量子力学みたいに、後から「実はリアル世界にも在りました」みたいなことになっているのかもしれません。
お釈迦様の手のひらで踊るように、現実世界で生まれた人間の頭脳は、いつまで経っても現実世界を超えられないのか。
この戦いはとっても奥が深いんです。

今の時点では、虚数なんてものはこの世に存在しないと思っている人の方が多数派なのかな?
もしそう思っているのであれば、ならば「マイナスの数」はこの世に存在しているのでしょうか。
現代人にとって「マイナスの数」は当たり前なのでしょうが、歴史を遡ってみると、
少し以前には「マイナスの数は存在しない」と信じられていたみたいですよ。
 >> [id:rikunora:20080405] (1) マイナスの数とは、実在しない虚構である.
「・・・当時の数学者たちは負の数を「不合理な数」とよび、数として認めることに抵抗していたのだ。
デカルトでさえ、負の数を「偽数つまりゼロより小さな数」とよんでいた。
18世紀になっても、ある種の教科書は負の数同士の積が正の数になることを否定していた。
1795年になっても、有名な数学者ピエール・シモン・ラプラスが「負x負=正」というルールには
「いくらか困難がある」と述べている。」
(出典:アーベルの証明−「解けない方程式」を解く:日本評論社
あと100年もすれば、
 「昔の人は、虚数は存在しないって考えていたんだよ」
ってなことになるでしょう、きっと。

数について、第三の関門は「数体」です。
実は、私がこの「数体」というものを知ったのは、つい最近のことなのです。
分数を習うのが小学校、虚数を習うのは高校。
その後もう社会人にもなった身分で、いまさら分数や虚数に匹敵するような「数の革命」は無いだろうと思っていました
・・・つい最近までは。
ところがどっこい、さらに先があったのです。
「数体」とは何か。
それは、一見無機質に、のっぺりと広がっているように見える数の中に、隠れた構造が潜んでいる、ということです。
先の分数や虚数みたいに、数の種類が増えたというのとはちょっと違いますね。
何に驚いたかって、
まず、数の概念にはこれほどまでに先があったのか、ということが素直に驚きです。
次に、この構造ってやつが、驚くほど広範囲に適用できる、ということです。
実際、現代の物理は数体で培われた「構造」を、片っ端から適用しているみたいです。
逆に言えば、この第三関門を突破しないと、現代物理にはたどり着けないということですね。
なんか、やっと入り口にたどり着いたって感じです、ふぅ。
で、数体で培われた「構造」とは何かについて、解説を入れたいところなのですが、
それを「ここに記すには、あまりにも余白が狭すぎる」のです、残念ながら。
(この驚きを、やさしく、わかりやすく伝える、というのが次なる私の目標です。)

さて、数の3つの関門のうち、どれを超えるのが一番難しいでしょうか。
こんな比較はあまり意味が無いかもしれませんが、私の感触からすると「どれも同じ位」ではないかと思います。
つまり、小学生が分数を理解する苦労と、大人が数体の構造を理解する労力は、同じ程度です。
ただ、分数の方が時期的に先にあって、みんなが学校でやっている、というだけの違いです。
なので、分数が理解できないということで他人を測る前に、
まず自分が数体の構造を理解できるかどうか問うてみた方が良いと思います。
私にはまだ見えていないのですが、第三関門の先にも、第四関門、第五関門・・・がずっと続いているみたいです。
そして100年後の小学生にとって、虚数の実在は常識で(きっと名前も変わっている)、
 「どうも体の拡大がよくわからない」
ということをやっているはずです。
そのときに大人たちは、まだ見ぬ第五関門あたりに行っているのだと思います。