雨の中を走っても歩いても濡れ方は同じ?

雨の中を走っても歩いても、トータルで濡れる量は変わらないのか?

ある雨の日に、ちょっとイジワルな先輩から
「知ってるかい、雨の中を走って行っても、歩いて行っても、濡れ方は変わらないんだぜ。」
と持ちかけられた。
私はそんなことあるか、と思ったのだが、その先輩は次のような説明をした。

人にあたる雨の総量は、図で示すところの平行四辺形の面積である。
この平行四辺形の「底辺の長さ」は人の身長、「高さ」は目的地までの距離である。
問題となる人の移動速度は、平行四辺形の「傾き」に相当する。
速く走るほど傾きは小さく、ゆっくり歩けば傾きは大きい。
ここで、小学生でもわかることには、
  (人にあたる雨の総量) = (平行四辺形の面積) = (人の身長x目的地までの距離)
なのである。
そして「傾き」は、面積に全く関係しない。
だから、走っても歩いても結局濡れ方は変わらない。

この話を聞かされて、私はその場で「へ〜っ!」と思った。
たしかに、速く走れば走るほど、前面に当たる水の量は多くなる。
だったら、雨が降ってきたからといってあわてる必要はなく、悠然と歩いて行くべきではないか。

しかし、後からよくよく考え直してみると、常識的にそんなはずはないと思えてきた。
例えば10メーター先の隣の家に行くのに、急いで数秒で駆け抜けるのと、ゆっくり数時間かけてたどり着くのと、濡れる量は全く同じなのだろうか。
極端な話、速度を限りなく0に近づけて、雨の中に立ちつくしたらずぶ濡れであろう。

それでは、上の説明のどこがおかしかったのだろうか。
問題は、人間の「前面に当たる雨」しか考慮されていない点にある。
上の説明に登場する人間は、高さだけがあって厚みが全く無い「板」なのだ。
現実の人間には当然厚みがあって、トータルで濡れる量は「前面に当たる雨」と「上から当たる雨」の合計なのである。

人にあたる雨の総量を考えると、こんな風になる。
 A: (前面にあたる雨の総量) = (平行四辺形の面積) = (人の身長x目的地までの距離)
 B: (上からあたる雨の総量) = (頭上の空間の体積) = (人の投影面積x雨の落下速度x時間)
 A+B => (人に当たる雨の総合計量)

先の説明はA:だけの話であり、B:を無視していたのだ。
B:の中には(時間)が入っているので、ここが短いほど濡れる量は少ない。
なので、やはり走った方が全体としての濡れ方は少ないのである。

もし(雨の落下速度)が限りなく0に近ければ、B:の方は無視できることになる。
例えばほとんど落ちてこない霧の中を進むのであれば、走っても歩いても変わらないことになる。
これなら納得がゆく。

それにしても、何だかうまく騙された気がするなぁ。
やはりこういう時には、最後には常識がものを言うのだ。