スーパーボールすくいのコーナリング

縁日と言えば金魚すくいが定番だが、最近は金魚の他にもいろんなものをすくう屋台が出ている。
その中の1つに「スーパーボールすくい」というものがある。
水に浮かんでいるゴムボールをおたまですくって、一杯ですくえた分だけもらえる、というものだ。
ゴムボールは水面いっぱいに浮かんでいるのだが、それが流しそうめんのように水流ポンプの力で、長方形の水槽の中をぐるぐる回っている。

中央付近の平行な水路では、ゴムボールはほぼ一様に流れてゆく。
あまり追い抜いたり、渦巻いたりしていない。
問題は、水槽の両端のコーナリングの部分だ。
さて、ここで問題。
コーナーを流れてゆくゴムボールは、アウトコースインコース、中央の、どのレーンが一番速いだろうか。
それとも、ボールは整然とレーンを作って流れるのではなく、渦巻いてかき混ぜられているだろうか。

実際のボールの流れを見ずに、正しく答えるのは難しい。
というのは、この答は条件によって相当変わってくるようだからだ。
実際、私の見た一軒の屋台だけでも、水槽の右端と左端で、その答は異なっていた。


ボールが渋滞している右端


すかすかでゆとりのある左端

私の見た屋台では、水槽の右端にはゴムボールがびっしりと溜まって渋滞しており、
一方、水槽の左端にはけっこう空きがあってボールはすいすい流れていた。
左右対称でありながら、なぜ右端と左端の違いが生じるのだろうか。
きっと右端に置かれている水流ポンプの本体が邪魔になっているのだと思う。
私はお店の人ではないので確かめられなかったが、たぶんポンプの位置をあちこち変えてみれば、渋滞ポイントは変わってくるのではないだろうか。

さて、実際の観察結果を答えてしまう前に、理屈の上でゴムボールはどのようなコーナリングを行うか考えてみよう。
ゴムボールは水面をびっしりと埋め尽くしていて、密度はあまり変化していない。
なので、ゴムボールの流れは非圧縮性の流体と見なしてよいだろう。
(この前提は、ゴムボールが水面を埋め尽くしているときに成り立つだろうと思う。
屋台の人はいつも水面いっぱいになるようにボールを補充していたが、
ボールが少なくなってくればまた違ってくるのではないか。)
また、ゴムボールはつるつるしていて、摩擦は小さい。
(これもボールの質によるだろうと思う。
でこぼこのたくさんある、ウニのような変形ボールがたくさん入っていれば、また様子が違ってくるのではないか。)
さらに、ゴムボールの流れはわりとゆっくりで、あまりかき混ぜられることがない。
実際に流れは渦巻いていたり、乱流になってはいなかった。
つまりゴムボールの流れは、現実に観察することのできる理想的な完全流体なのである。

このように理想的な流れの場合、ゴムボールは「一様に、きれいにそろって」コーナーを通過する。
アウトコースでも、インコースでも、中央でも、際だった差はない。
先頭は常にそろっている。
つまり、コーナーの中心から見た角速度は一定となる。
流れの速度自体はインコースほど遅く、アウトコースほど速くなるはずだ。

では、実際にはどうだった。
ボールが渋滞していた右端では、最も速いレーンはインコース寄りの、内側から1/4くらいの場所だった。
ボールの密度が低い左端では、特にレーンが形作られている様子はなく、ボールは一番内側をすり抜けていた。
なぜこうなったのか。

まずが渋滞していた右端側。
理屈では一斉に通過するはずだったところ、そうなっていなかったのは、摩擦の影響であろう。
渋滞が起こっている右端では、ボールの流れはコーナーを円形に回るのだが、円の外にあるボールは流れに入らず、角に溜まっている。
この角に溜まっているボールと、円形の流れの間には摩擦が生じている。
回っているボールと、外側に溜まって止まっているボールが常に衝突し、回っているボールに対してブレーキをかけるのだ。
この部分をよく観察すると、摩擦が生じるメカニズムが想像できて、おもしろい。
摩擦のため、アウトコースにあるボールは理想的な流れよりも遅くなるのである。
一方、インコースにあるボールにも摩擦が働く。
インコースの場合、摩擦の相手はボールではなく、コーナー中心に置かれている壁である。
要は、一番内側のボールは壁にひっかかるのだ。
こうして、外側に大きな摩擦、内側に小さな摩擦が働いた結果、最も速く流れるのは「インコース内側から1/4くらいの場所」となる。
これが右端で起こっていたことである。

一方、渋滞のないスカスカの左端では、外側の角にたまっているボールがほとんど見られなかった。
ボール同士が「おしくらまんじゅう」していなかったせいか、こちらの端ではインコースが最も速く流れているように見えた。

水に乗って回るボールの流れは、理想的な流体に近いので、比較的わかりやすい部類であろう。
同じ渋滞でも、車の渋滞は必ずしもボールの流れのようにはなっていない。
ボールは周囲から流されているものであり、車は自ら動くものだからである。
車の渋滞にはいくつか不思議なことがある。
その中で1つ、いつも疑問に思っているのは「割り込む車線と、割り込まれる車線」の速さの違いである。
道路工事などで車線が狭くなるとき、1つの車線に対して、もう1つの車線が割り込む形になる。
ちょっと考えると、もともとある「割り込まれる側の車線」の方が、「割り込む側の車線」よりも速く流れるような気がする。
ところが事実はその逆で、大抵の場合、割り込む側の車線の方が流れが速い。
なぜだろうか。
私にもよくわからないが、たぶん割り込む側の方が「割り込まなくてはならない」という積極的な気持ちになるからではないだろうか。

スキー場でリフト待ちをしているときにも、同じタイミングで並んだはずなのに、どんどん割り込んで先に行く人と、なぜか後になる人がいる。
これは多分に性格によるようだ。
先にどんどん行く人は、スキー(又はスノーボード)の先を隙間に割り込ませ、常に「割り込む側の車線」にいるように見える。
もっとも最近のスキー場は大型の高速リフトになって、あまり待ち時間が気にならなくなってきた。
あと、よく4人乗りのリフトなどで1人だけ余った人のためのレーンを用意するなどの工夫があって、功を奏していると思う。

渋滞の研究をわかりやすく紹介した「渋滞学」という本ある。

渋滞学 (新潮選書)

渋滞学 (新潮選書)

上に書いたボールの流れは「周りから流される」流れ、一方自動車は「粒子が自分から動く」流れであって、メカニズムが根本的に違う。
「渋滞学」では、自ら動く粒子の流れを、コンピューターシミュレーションや、様々な角度から検証している。
着眼点も内容も、とてもおもしろい。