電気が流れるスピードは

Q:電子が電線の中を移動する平均速度はどれくらい?
A:人が歩く程度の速さ。

電気は電線の中のどこを流れて行くのだろうか。
電線は普通、固い金属でできている。
穴があるわけでもないし、溶けて液体になるわけでもない。
その中を、何らかの実体を持つ電子が移動するというのは、考えてみれば実に不思議な話だ。
およそ物質というものは、原子核と電子から成り立っている。
電子は、原子の中心である原子核の周囲を「波のように雲のように」取り巻いている。
量子力学のつまずきの石 [id:rikunora:20080417] )
電流とは電子が移動することなのだから、つまり「物質の構成要素そのもの」が移動している、ということになる。
そう思うと、ここで1つの疑問が湧いてくる。それは
 「電流が流れることによって、物質が溶けてしまわないのか?」
ということだ。
電子は物質の構成要素そのものなのだ。
それが移動する、ということは、物質そのものが溶けてしまうか、少なくとも変形くらいしてもよさそうなものだ。
しかし、実際に電流を流して金属が変形したという話は、(よほど強烈な電流でもなければ)聞いたことがない。

これと関連するのが、表題の疑問「電子は電線の中を、どのくらいの速さで移動するのか?」ということである。
物理に多少詳しい者であれば、「電気信号は光の速さで伝わる」と答えることができるかもしれない。
しかし、物質の構成要素が電線の中を一斉に、光の速さで移動するというのだろうか。
もしそんなことが起こっていたら、電線はもっとメチャクチャになっているはずではないか。
実のところ「電気が光の速さで走る」という答は、半分正しく、半分間違っているのだ。
ここのところが明確になっていないと、電気が流れるイメージをつかむことができないのである。

混乱の原因は、「電子を動かす力」と「実際に電子が移動すること」をごっちゃにしている点にある。
この2つは、実は別のことなのだ。
電子は物質の構成要素なのだから、電線とは、たとえて言うなら「水がつまったホース」のようなものである。
しかし電気と水が似ているのはここまでであって、実際に流れが生じるメカニズムは、電流と水流では異なっている。
水流の場合、水源からわき出した水が、まず隣にある水(の分子)を押し出す。
押し出された水は、また隣にある水を押し出す。
これを繰り返して、ちょうど玉突きのように、順番に押し出し続けることによって水流が生ずる。
要するに水流とは、ラッシュアワーの人混みや、車の渋滞のようなものだ。
だから、水流のメカニズムは感覚的に理解しやすい。

ところが電気の流れ方は、これとは異なっている。
電流の場合、まず「電子を動かす力」だけが先に伝わる。
力が伝わった後で、その力に従って、実体である電子がおもむろに動き出すのである。
例えて言うなら、まず号令が電線いっぱいに行き届き、次に号令に従って個々の電子が行進を開始する、といった具合だ。
電子を動かす力は「電場」と呼ばれている。
そして、光の速さで伝わるのはこの「電場」なのである。
実際に電子が移動する速度、実体である電子の行進は、号令である電場の伝達速度よりずっと遅い。
電子の移動速度は、電気の流れる量なのだから、つまり電流の大きさということである。
(より正確に言えば、電流は [電子の移動速度] x [電線の太さ] である。)

「電子を動かす力」は、たとえ電子という実体が無くても、それだけで真空中を伝わることができる。
つまりそれが電波である。
水流には電波に相当するものは無い。
物質的な実体無しに空間を伝わるものには、電場、磁場、重力場といったものがある。
磁石は離れたものを引きつけるが、これは感覚的には実に不思議である。
この「離れた実体を動かす不思議な感覚」が、電磁気の関わる現象には常につきまとうのだ。

実際にどのくらい電子が流れているのか、直接体感する方法は「電気分解」を見てみることだろう。
食塩水の中に電極を2つ差し込んで、直列に電池をつなげば、電極からジワーっと泡が出てくる。
あの出てきた泡の分だけ、電子は食塩水中に移動してきたのだ。
つまり電子の移動量は、感覚的にジワーっといった程度なのである。
もし電子が光の速さで動いていたのなら、泡はもっと爆発的に出てきてよさそうなものだ。
食塩水の電気分解は簡単にできる実験なので、一度やってみることをおすすめする。
 * おもしろ実験と自由研究「電気分解燃料電池」: http://www.eneene.com/omoshiro/22nen/
ただし、出てくる泡は塩素という毒ガス、残った水は水酸化ナトリウムなので、扱いには細心の注意を払うこと。

さて、電子の移動速度が実はかなりゆっくりなのだ、ということが分かれば、当初の疑問
「電流が流れることによって、物質が溶けてしまわないか?」
にも答えることができる。
実は、ほんのわずかではあるが、電流によって金属は変形することがあるのだ。
極端に小さく作られた集積回路では、電線の太さはわずか数マイクロメートルにも満たない。
そこまで細い電線だと、電流の流れる勢いによって、電線が変形して切れてしまうことが問題となってくる。
この現象を wikipedia:エレクトロマイグレーション という。
極細の電線を電子顕微鏡で拡大すると、電線は、多数の金属結晶がモザイクのように集まったものであることがわかる。
強く電流が流れると、このモザイクとモザイクのつながった隙間を押しのけて、電線にヒビが入ってしまうことがあるのだ。
やはり電流とは、電子という実体が移動するものだったのだ。
しかし、電子の移動は想像するよりもずっと穏やかで、また物質を構成する電子の一部しか移動していなので、よほど細い電線でなければ「溶けてしまう」ところまで至らないのである。

電線が溶けてしまうかどうかは、もっと身近なことからも想像が付く。
電線に強い電流を流せば熱くなる。
あれは電子の激流が原子にぶつかって、原子を揺り動かしているのである。
だから、本当に強烈な電流を流せば、電線は実際に熱で溶けてしまうだろう。

電場が先に伝わり、その後電子がゆっくりと移動する。
このことがわかると、電気回路についていろいろと見えてくるものがある。
その昔、私が疑問に思ったのは、
「どうして電気は流れる前に、回路の先に何があるのかあらかじめ知っているのだろうか?」
ということだった。
学校でオームの法則を習うとき、電池の先に抵抗をいろいろとつなげて、どこに、どのくらい電気が流れるか、電流や電圧を計算せよ、という問題が出る。
しかしなぜ、電子はまだ通過していない回路の形状や配置に従って、先に「我が身の振り先」を決めることができるのだろうか。
自分が電子となって、先の分からない迷路の中を探検する様子を想像してみると良い。
たとえ行き先に大きな抵抗が待ちかまえていたとしても、そこまで行ってみなければ、抵抗があるかどうかを手前の分岐で知ることができないではないか。
この疑問の答には、2つの要因が絡んでいる。
1つは、電子はある意味、回路全体の様子を「あらかじめ知っている」ということ。
なぜなら電子が移動するより先に、電場が回路全体に行き渡るからである。
もう1つは、電子は1個ではなく、電線の中をびっしりと満たしているということ。
なので、先に抵抗があって渋滞している道には、次の電子は自ずと入りにくくなるのである。

電気の流れをよく表した名問題の1つに、こんなものがある。
電池の先に、直列に3つの豆電球をつなぐ。
電池と、3つの豆電球の間を結ぶ線が非常に長かった(数十万キロ程度)としたら、電池をつないだとき豆電球はどの順番で点灯するのだろうか。

このお話は、確かブルーバックス等の著述で有名な「都筑卓司」という先生の書かれた本に載っていたと記憶している。
私が読んだのはずいぶん昔のことだったので、正確には覚えていない。
ふと思い起こしてネットで検索したところ、どうやら「物理トリック=だまされまいぞ」という本だったようだ。
このページに書いてあった。
「電子は、牛歩(ぎゅうほ) 戦術がお好き?」
  http://socyo.high.hokudai.ac.jp/More_HTML/buturi/news/bsn0003/a04.htm
ここでは意地悪して答を書かないので、ちょっと悩んでみてください。