子供の戦略・大人の戦略

小学校の運動会に「棒引き」という競技がある。
校庭の中央に竹の棒を10本ほど並べて置く。
赤白に分かれた2チームが、校庭の左右両サイドから走ってきて、竹の棒を自分の陣地まで引っ張り込む。
陣地に1本、棒が入れば1点。
勝負がつかなければ、自分の陣地に近い棒がたくさんあったチームの勝ち。
そんな競技だ。

この競技を見ていると、勝負はほとんど最初の数秒で決しているように思えた。
竹の棒は軽いので、最初に足の速い子が竹の棒に到着すると、1人で簡単にもってこれる。
なので、どれだけ足の速い子がいるかによって、大勢はほぼ決してしまうのだ。
しかも、ほとんどの子供が真ん中付近の竹の棒に集まってくるので、両端ががら空きのときがある。
そんなときに、空いている竹の棒を1人でヒョイと持ってくるのはとってもおいしい。
一本の竹の棒に両チームの子供たちが群がると、引っ張り合いが始まる。
ひとたび引っ張り合いにもつれこむと、棒はそう簡単には動かない。
終盤には残ったわずかの棒をめぐって、おしくらまんじゅうのような混乱した状態となる。

そんな子供たちの様子を見ていると、もっとうまく立ち回れるのではないかと、つい思ってしまう。
小学生だから仕方ないのだが、もし大人のチームだったらどういう戦略を立てるか、考えてみた。

まず第1に、誰も行かない空いた棒を作らないように、全ての棒に対して担当者を割り振る。
特に、足の速いメンバーが重要だ。
一番足の速い人は、両端に配備する。
これは、あわよくば空いた両端の棒をかっさらおうというもくろみである。
そして端から中央に向けて、速さの順に俊足なメンバーを割り当てる。
残りの普通のメンバーの配分だが、こちらは必ずしも全ての棒に均等には割り振らない。
攻めの棒と、守りの棒を明確に分けて、守りの棒には最低限もって行かれないだけの人数を割り当てる。
見たところ1本あたり3〜5名といったところだ。
それ以外の人数は、全て攻めの棒に投入する。
つまり、攻めの棒だけには一挙に10名以上の人数を集中させる。
こうすれば、守りの棒がぐずぐずしている間に、攻めの棒は確実に自陣にもってくることができる。
そうやって、一本、また一本と、着実に得点を上げるのだ。

なぜそのような集中配置が有利なのだろうか。
その根拠は、人数と棒を引きずり込む力の関係にある。
私が見たところ、人数が2倍になったからといって、引きずり込む力は2倍にはなっていない。
お互いに混雑していて力を出し切れないため、せいぜい1.5倍といったところだ。
であれば、既にある程度人数が足りているところに+1名を追加するより、守るところは最低人数でまかなって、浮いた戦力を一カ所に集中投入すべきだろう。
また、たとえ持って行かれたとしても、陣地に入りさえしなければぎりぎりセーフなのだという事情もある。
であれば、中途半端な棒を残すよりも、1本でも確実に陣地に入れることができる棒を作った方が良い。
以上が、攻めと守りを明確に分離する理由だ。

しかし、理論と実践は別物だ。
机上でどれほど優れた戦略を立てようとも、実施できなければ意味がない。
小学生であれば、とにかくルール通りに並んで、競技を行うだけでも一苦労だろう。
その上で担当を決めて、役割分担して、作戦通り実行するのはほとんど不可能に近い。
せいぜい空いた棒を作らないようにするのが精一杯だろう。

運動会の勝敗は、実に紙一重の差に左右される。
赤白の得点は一競技ごとに逆転し、子供達はそのつど一喜一憂する。
最後まで飽きさせないのである。
そこでふと気がついた。
そもそも勝ち負けが問題ではなかったのだ。
赤白の差が極端に開かないように、参加した子供達全員が、参加したという実感が持てるようにするのが目的だったはずだ。
その意味で、運動会の競技は実によく考えられていて、先生方の苦労と配慮が忍ばれる。
「棒引き」の戦略を真剣に考えているようでは、自分もまだまだ小学生レベルなのだと思った。

以下は知人から聞いた話なのだが、運動会の前日、学校の先生がかけっこのためのトラックを準備していたそうだ。
その際に、先生は外側のコースと内側のコースの長さが同じになるように、トラックのまわりをコースの数だけ何度もぐるぐる回って測定を繰り返していた。
それを見ていた知人は、内心「そんなの測るまでもなく、計算すればわかることではないか」と思った。
 円周の長さ=直径x3.14。
なんなら「およそ3」で計算しておいて、最後に一番外側と内側のコースだけ実測して補正すれば済むことではないか。
学校の先生だろう、おい。
しかし知人はここで場の空気を読んで、指摘したい気持ちをぐっと抑えた。
その代わりに、こんな話題を振ってみた。
「円周率の3.14って、どこまで言えますか? あれって覚え方があるんですよ、3.14159265358979...」
ううむ、これが大人の戦略というものだ。
(ちなみにこの知人は私のよく知っている人だが、私自身ではない。念のため。)