ステルス・ティーカップ

コーヒー、紅茶の楽しみの1つは、かき混ぜた水面にミルクをたらすひとときである。
まず、お茶をスプーンでかき混ぜて回転させておく。
そこに、細く、静かに、ミルクを注ぎ入れると、水面上に美しい渦巻き模様が広がる。
複雑な渦巻き模様が流動しながら、だんだんとお茶に混じっていく様子は、眺めていて飽きない。

ところで、水面上にたらしたミルクは、外側に広がるのだろうか、内側に集まるのだろうか。
一見易しそうに見えるこの問題の答は、それほど単純ではない。
私が観察したところ、ミルクはまず真ん中に集まるように見えて、
その後、回転が遅くなるにつれて徐々に外側に広がる、といった動きを見せるのである。

このとき水面上に泡があると、事態はより一層はっきりする。
水面上の泡は、確かに中心に集まる。
(壁面に泡がくっつかない限り。)
ミルクの動きはある程度泡の動きと歩調を合わせているように見えるので、
いったん真ん中に集まる、という過程は単なる見過ごしではないと思う。

水面の動きに対応して、水底にも流れがある。
お茶をかき混ぜると、茶がらはカップの底の中央に集まる。
一見すると遠心力のためかと思うのだが、それならば、
茶がらは中央ではなくカップの縁に集まるはずだ。
底に沈む茶がらは液体よりも重いので、重いものほど外側に行くはずだろう。

茶がらの集まる様子を観察してみよう。
まずお茶をかき混ぜたとき、茶がらはカップの底いっぱいにばらけて広がる。
かき混ぜる勢いが強いとき、茶がらはどちらかといえばカップの外縁に多く集まるように見える。
それが、回転の勢いが衰えるにつれ、小惑星のような「茶がらの軌道」が出現する。
そして、茶がらの軌道は回転が遅くなるにつれて、徐々に半径を狭め、
最後に軌道は中央の1点に収束する。

なぜお茶がらが集まるのか、私には長らく疑問だったのだが、
実は、かのアインシュタインが既にこの問題を解決していたらしい。
私が聞いたのは、こんな話である。
コップの中の液体は、表面近くは摩擦が少ないので動きやすく、
底の方は底面との摩擦があって動きにくい。
お茶をかき混ぜると、摩擦の少ない表面の液体は速く回転するので遠心力で外側に向かう。
それに対して底の方の液体は比較的遅いので、表面の流れを相殺する分だけ内側に向かう。
かくしてカップ全体では、表面では外向きに、外壁では下向きに、
底では内向きに、中心では上向きの流れが生じる。
この流れに沿って、底に溜まった茶がらは中心に移動するのである。

残念ながら私は、この話の出典が何だったかすっかり忘れてしまった。
ふと今頃になって思い出し、インターネットを検索してみたら、こんな記事が見つかった。
  * アインシュタイン「茶葉パラドックス」で臨床検査
  >> http://med-legend.com/mt/archives/2007/01/post_1018.html
私がうろ覚えにしていたお話は、どうやら信憑性がありそうだ。

ただ、私は上の説明で100%納得しているわけではない。
というのは、実際にお茶をかき混ぜた様子を子細に観察すると、
上の説明は「回転が安定して、徐々に遅くなる」過程にしか当てはまらないからだ。
かき混ぜた直後、最初は茶がらは外に散らばり、ミルクは中心に集まるように見える。
説明にあるほど理想的な層流が生じている様には見えないのである。
では、初期の大きく乱れた状態から、どのようにして層流が形作られてゆくのか。
そのことを確認するために、(といいつつも本格的な流体力学の方程式を解く根性の無いまま)
私は今日もお茶をかき混ぜながらミルクをたらしてみるのである。

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私が普段使っているマグカップは円筒形だが、
ティーカップには底がボールのように丸い形状となっているものもある。
ところがこのティーカップは、ある面において使い勝手が悪い。
このティーカップにお茶を入れて運ぶと、お茶が波立ってこぼれやすいのだ。
ティーカップの底面の丸に合わせて、中の液体全体が丸く、大きな波になる。
さらに、波の周期がちょうどお茶を持ち歩く歩調の周期と一致して、
持ち運ぶと必ず、お茶の大波が縁からあふれ出すのである。

ティーカップの形状と、お茶のこぼれやすさには関連がある。
ということは、ティーカップの形状を工夫すれば、逆に波が起こりにくく、
こぼれにくいものも設計できるはずだ。

まず、円筒形のマグカップと、底がボール状に丸いティーカップを比較すると、
明らかにマグカップの方がこぼれにくい。
横から見て四角と丸の2つの容器で、どちらが滑らかに波打つかを考えればわかるだろう。
波立ちにくいことだけを考えれば、マグカップの直径を小さくして、
円筒の高さ(深さ)を大きくとることも考えられる。
直径が小さいので、波の共振周波数が歩調よりもだいぶ高くなる。
ただ、このような形だと波には良いかもしれないが、体積も小さく、洗うにも一苦労だ。
できれば、現状のティーカップとたいして大きさが変わらず、波立ちにくい形状であって欲しい。

そこで着目するのは、円形に対する疑問だろう。
例えばカップの形状を7角形にすれば、一方の辺から発した波は、
反対側で必ず2方向に分散するので、大きな波になりにくいと思われる。
できれば正7角形ではなく、中途半端にひしゃげた角形形の方が効果的に波を分散するだろう。
深さ方向に対しても、波が分散するようにいびつな多角形にしておけば効果倍増だ。

多角形にして波を分散する、という発想は、もっとまじめな工学の分野で既に先達がある。
最も印象的なのは「ステルス攻撃機」。
湾岸戦争で有名になった、黒いエイのような攻撃機(F-117 Nighthawk)がそれだ。
レーダー波を散乱させるため、機体全体がいびつな多角形から構成されている。
あのような形状のカップを作れば、全く波立たない、
静かなティーカップができるのではないかと想像される。

世の中が平和になって、ステルス攻撃機が不要になった暁には、
あの技術がささやかにティーカップあたりに応用されないだろうか。
そう言えばNASA発の発明品が、しばし通販カタログの一面を賑わせているので、
米空軍発ステルス・ティーカップも、そこそこ売れるのではないかと思う。

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※ だったらフタを付ければ、という最もな指摘があった。
※ うーむ、確かにその通りなのだが、いまひとつおもしろみに欠ける。。。