地球マグロの反転

東京ディズニーランドの1つ隣の駅に「葛西臨海水族園」がある。
この水族館の目玉は、巨大なマグロの回遊槽。
建物全体の外壁がドーナツ型の巨大な水槽になっていて、
その中を大型マグロの群れが、ゆうゆうと泳ぎ回る。
思わず時を忘れて見入るほどの壮観である。

私はここに何度か足を運んでいるが、
マグロの回遊を見るたびに1つ気になっていることがある。
それは、マグロの群れが左右どちらの向きに回遊しているか、ということだ。

ドーナツ型の水槽は均一ではなく、2カ所が大きく、深くなっている。
1カ所目は入り口から入ってくると真っ先に目にするところ。
2カ所目は「アクアシアター」と呼ばれており、
映画館のような席からゆっくり眺められる場所である。
マグロはドーナツ型全体をぐるぐる回るっているよりも、
この2カ所の水槽の中を、それぞれ小さく回っていることが多いようだ。
(私が見たときには、そのようになっていた。)
話の都合上、この2カ所をそれぞれ第一水槽、第二水槽と呼ぶことにしよう。

まず第一水槽のマグロを観察すると、
マグロは全体として、右回り、または左回りに回遊している。
興味深いのは、マグロの回る向きが、何らかのきっかけで反対向きに転ずるのである。
私が見たときには、およそ10分程度のタイムスケールで「回遊の反転」が起こっていた。
例えば、ほとんどのマグロが右回りに泳いでいるときであっても、
中には列を乱すものや、はみ出すものがいる。
そういったはみ出しものが、たまたま同時に数匹出現して全体の流れを乱すと、
群れは一時的に混乱状態に陥る。
そして再び混乱が収拾すると、マグロの群れは先ほどとは反対の左回りであったりするのである。
右回りとなるか、左回りとなるかは、みたところ全くの偶然で決まるようだった。
要は10分に1回程度(正確に時間を計っていたわけではないが)、
マグロの群れが反転するチャンスが訪れる、ということらしい。

一方、第二水槽の方は、第一水槽よりも横幅が広い。
そのせいか、第二水槽のマグロは1つの回転ではなく、2つの回転から成り立っていた。
第二水槽のマグロは、細長い水槽全体を「8の字」に回遊していたのである。
マグロは水槽の中程で、前後に「クロス」して泳いでいた。
そして、こちらの方はいつまで眺めていても、回遊が「反転」することは無かった。
8の字の流れは、私が見ている間中、ずっと変わることなく安定していたのである。

ひょっとすると、マグロは一方向きだけに回っていると目を回すのだろうか。
第一水槽で、右向きばかりに回っていると、いい加減飽きてくる。
そろそろ飽きたと思ったころに、向きを反転して左回りに転ずるのではないか。
一方、第二水槽の場合、右回りと左回りは均等に行われている。
なので、いつまでも飽きることなく8の字を描くのではないか。
そんな風に思った。
私は小一時間ほどしか回遊を見ていないのだが、
もっと長期に渡って観察したらどのように回っているのか、興味がつのるところである。

さらに詳しく一匹一匹のマグロを見ると、
どうやらマグロの中には列からはみ出しがちな「アウトロー」と、
あまり列を乱すことがない「安定志向」がいるようだ。
アウトローは常にふらふらしており、群れ全体の流れを無視して逆行したり、
群れから外れて水面近くに上がってみたり、
第一水槽と第二水槽をつなぐ水路に入ってみたりする。
そして、こういったアウトローマグロが、回遊の反転のきっかけに寄与しているように見える。
また第二水槽には、水槽全体を8の字に回るのではなく、
半分だけを小さく回る「ちゃっかりマグロ」もいる。
どうやらマグロにも個性があるらしい。

さて、巨大なマグロが悠々と泳ぐ様を眺めていると、
忙しい日常を離れて、もっと大きなことに思いをはせたくなる。
マグロたちは、本当は大洋の中を泳いでいるのだろうが、
ここでマグロが海の中だけでなく、地球の中まで泳いでいたらどうなるだろうか、
と考えてみたのである。

よく知られているように、地球は全体が大きな磁石になっている。
しかし、この地磁気がどのようにして生じているのか、
その理由は未だ完全に解明されてはいない。
幾つかある説の中で、いまのところ最も有力なのは「ダイナモ理論」である。
地球の中では、鉄やニッケルなどの金属が、溶岩のように溶けて、地球の中でぐるぐると回っている。
その回転によって磁気が生じる、という考え方だ。

* 地磁気 ( Geomagnet )
http://www.magnet.okayama-u.ac.jp/magword/geomag/index.html

* どうして地球(ちきゅう)はじしゃくになっているの
http://kids.gakken.co.jp/kagaku/110ban/text/1326.html

* 日経サイエンス 2005年7月号
地磁気反転の謎に迫る 見えてきた内部磁場の動き

地球の中に本物のマグロは住んでいないが、
そのかわり、金属の溶岩がマグロのようにぐるぐると回っているようである。

おもしろいことに、この「溶岩の回遊」はときどき反転することがあるらしい。
過去、地磁気はS極とN極が何度か入れ替わっているらしいのだ。
「過去7600万年の間に171回の方向反転があり、最も新しい反転は約70万年であったと推測されている。」
これは正に、マグロの回遊槽で起こっていたことの地球版ではないか。

想像するに、地球深部の金属流は、回遊するマグロのようにぐるぐると回っている。
その中には、アウトローなやつとか、安定志向とか、
ちゃっかり小さく回っているやつも居るに違いない。
そして一方回りにいいかげん飽きてきた頃に、群れが乱れて、反対回りに転ずるのであろう。

目に見えるマグロの回遊槽も充分な迫力があるが、
目に見えぬ地球深部の流れもまた、それ以上のスケールと迫力があると思うのである。