円周率に隠された神からのメッセージ

円周率とは実に不思議な数である。
3.14159265358979... という後に、無限に終わることのない数列が続くのだ。
この無限に続く数列の中には、探せばおもしろいパターンがいくつも見つかる。
『ぼくには数字が風景に見える』[D.タメット]{講談社} という本の中で、こんな逸話が紹介されていた。

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πの数字のなかでいちばん有名な部分は「ファインマン・ポイント」と呼ばれる、
小数点以下762桁から767桁までの「・・・9,9,9,9,9,9・・・」だ。
この名は物理学者のリチャード・ファインマンにちなんでつけられた。
ファインマンはπの数字を覚えるのが好きで、9が並んだこの場所まで覚え、最後にこう言って終わったのだ。
「・・・9,9,9,9,9,9' アンド・ソウ・オン」。

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ここで思ったのが、もっと他にポイントは無いのか、ということだった。
9が6個だけでなく、その先には9が10個つづくポイントや、9が100個続くポイント、9が999,999,999個続くポイントがあるかもしれない。
何せ円周率は無限に続くのだ。
無限の内には、あらゆるパターンが含まれていたっておかしくないのではないか。


「円周率は、あらゆるパターンの有限数列を含んでいるか?」


たとえば円周率をアスキーコードだと見なせば、その中にはシェークスピアも、ブリタニカ百科事典も、BSD-OSのソースコードも、私のDNAも、その他、まだ人類が見たことのないようなメッセージまで、全てが含まれているのだろうか。
無理数、あるいは超越数だからといって、あらゆるパターンが含まれていると考えるのは早計である。
たとえば、次のような数は超越数だが、明らかに全てのパターンを含んではいない。


* リウヴィル数
wikipedia:リウヴィル数

「小数点以下自然数の階乗桁目に1をもち、それ以外は0である数」
0.110001 000000 000000 000001 000000 ...
1! = 1桁目
2! = 2桁目
3! = 6桁目
4! = 24桁目


こうした「規則的な」超越数であれば、あらゆるパターンを含まないことは明白だ。
しかし、πとかeとかいった、一見規則的でない超越数は、ひょっとするとあらゆる有限パターンを内包しているのかもしれない。

これと関連した話に「ワイルの撞球」がある。
正方形のビリヤード机の上で、角度π(ラジアン角ではなくて360度で測ったときの 3.14...度)で発射した玉の跡は、正方形の内部の点を全て通るのだろうか。
もちろんここでは、玉は永久に止まらないものとし、玉の跡の幅はゼロ(限りなく細い)とする。

よくよく考えてみると、玉の跡は全ての点を通らないことがわかる。
正方形の一辺の長さを1として、玉が壁で反射する点を考えてみよう。
発射角度が無理数であれば、有理数の点で玉は反射しないだろう。
玉が反射する位置は N x Z の小数部分だ。
N は玉の反射回数、Z は何らかの無理数である。
無理数を N 倍して有理数にはならない。
なので、玉は有理数の点は通らない。
これは反射する壁の上の点だけでなく、ビリヤード机全体について言えることだ。

しかし、玉の跡にほんの少しでも「幅」を持たせれば、玉の跡は全ての点を埋め尽くすはずだ。
なぜなら、ある無理数Zに、任意の有理数を掛け合わせることによって、目的の点にいくらでも近い点を作ることができるからだ。

* ワイルの一様分布定理
「正の無理数αに対して α,2α,3α, ... nα, ... の小数部分は区間 (0,1) 内に一様に分布する」


さて、もとの円周率のパターンの話に戻ろう。
ビリヤード机上にも(理論上は)通らない点がある、というあたりから、「あらゆる有限数列のパターンを含む」ということは、どうもあり得ないのではないかと思えてくる。
そこで、πに限らず、そもそも「あらゆる有限数列パターンを含む数」というものが存在するかどうか、考えてみた。
そして、こんな「まゆつばな証明」に思い至った。

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あらゆる有限数列全体の集合ωを考える。
この集合ωの中の、各々の部分集合に着目する。
各々の部分集合の中に含まれている数を1つにつなげたものは、
有限数列なのだから、もとの集合ωに含まれているはずだ。
なので、この考え方からすれば、全ての部分集合は、もとの集合ωに含まれていなければならない。(1)


一方、集合ωの中の部分集合を全部合わせた「部分集合の集合Ω」といったものを考える。
この「部分集合の集合Ω」は、もとの集合ωよりも濃度が大きい。(べき集合)
なので「部分集合の集合Ω」は、もとの集合ωと1対1に対応させることができない。(2)
これは、先の(1)と矛盾する。


なので、あらゆる有限数列全体の集合ωといったものは、もともと存在しなかったのだ。
ということは「あらゆるパターンの有限数列が含まれているような数」というものも、存在しない。
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「なるほど、あらゆる有限数列パターンを含む、万能な数というものは存在しないのか〜」
などと一人悦に入っていると、
あれ? そんなことはないぞ。
有限長の数列を、小さい方から順番に並べた数、というものを考えてみたらどうだろう。

* wikipedia:チャンパーノウン定数
「0 と小数点のあとに自然数を 1 から小さい順に並べた十進小数表示をもつ実数である。」
0.123456789101112131415161718192021222324 ...


これならば、あらゆる有限長のパターンを含んでいるではないか。
例えば9が10個続くパターンを探したければ、
先頭から順に、1桁、2桁、3桁、。。。と飛ばしていって、10桁の部分の最後を見ればよい。
それは (10 - 1) + (99 - 10) + (999 - 100) + ... + (9999999999 - 100000000) よりも9桁だけ戻った場所にある。
この調子で探せば、いかなる有限長パターンであっても必ずどこかに見つかるはずだ。

なので、上の「証明」は間違いです。
どこがおかしいかって?
たとえば部分集合 { 12, 34, 56 } も、{ 123, 456 } も、両方とも { 123456 } になりますよね。
これは1対1の上への対応ではありません。
数列をつなげたものがωに含まれることと(1)、べき集合の濃度が上がることは(2)、全く別のことなので矛盾はしません。

ということで、チャンパーノウン定数の中には、それが有限長でありさえすれば、全てが含まれているわけです。
* シェークスピアも、
* ブリタニカ百科事典も、
* BSD-OSのソースコードも、
* 全人類のDNAコードも、
* まだ見たことのない宇宙からのメッセージも、
* 神からのメッセージも(有限長なのか?)、
全てが含まれています。

果たして円周率も同様に全てを含んでいるかどうかは、定かではありません。
あしからず。


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追記: (4/28)
その後、「円周率の中にはあらゆるパターンの数列が含まれている」
といった内容の記述をちらほら見かけたので、気になって少し考えてみた。

まず「ランダムに、無限に続くのだから必ずや全てのパターンが見出せる」という誤解。
上に書いた通り、リウヴィル数は無限に続く超越数だが全パターンは含まれていない。
しかし、円周率はランダムだがリウヴィル数は規則的ではないか、と反論されるかもしれない。
であれば、ランダムって何?
円周率は「直径1の円周の長さ」という立派な規則に従っているし、幾つもの規則的な無限級数の和としても表すことができる「極めて規則的な数」である。
実のところ、ランダムとは何かについての明確な定義は無い。
(実用的に統計の疑似乱数に利用できるかどうかについての幾つかの基準はあるが。)
たとえば、円周率の数字の並びから数字の「314」だけ抜いた数列も、一見ランダムに見えて無限に続くが、全てのパターンを含んではいない。
であれば、元の円周率の中から、例えばある特定の1億桁のパターンが抜けていたとしても、その抜けには容易には気付かないであろう。

1〜9までの数字の出現確率が等しい数を「正規数」と言う。
* wikipedia:正規数
上記のチャンパーノウン定数は正規数だが、
「円周率が正規数だと信じられているが、その通りか否かは未だ謎である。」

もし正規数であれば、全てのパターンが含まれているのだろうか?

 ※ はい、その通り。というより、これが正規数の定義なのです。
 ※ 下のemkさんのコメント参照。すっかり勘違いしていました。(2009/11/01)


そうではないと思う。
例えば、ある正規数で全パターン含む数があったとして、その中から
パターンA:「0,1,2,3,4」という数列と、
パターンB:「5,6,7,8,9」という数列を全て取り除いた数は、やはり正規数である。
もともと全パターンが含まれていたので、パターンAとパターンBは「同じだけ」取り除けるはずだからである。
しかし、このパターンA、Bを取り除いた数は、正規数でありながら全てのパターンを含んではいない。


逆に、正規数でなくとも全パターンを含む数、というのは存在するのだろうか。
それも存在する。
たとえば上記のチャンパーノウン定数の間に、0 を埋め込んだような数がある。

0.102030405060708090100110120130140150160 ...

この数列は明らかに 0 に偏っているが、全てのパターンを含んでいる。

よく考えると、後半に行くに従ってだんだん「間に挟んだ 0」が減ってくる。
なので、本当に 0 に偏っているかどうか少々疑問が残る。
であれば、後半に行くに従って、挟む 0 の数をだんだん増やせば問題ないだろう。
0.1020304050607080901000110012001300140015001600 ...

結局のところ、正規数であるかどうかと、全てのパターンを含むかどうかは、全く別の概念なのだ。

* wikipedia:円周率
「それどころか 0,…,9 のどれもが無限に現れるのかどうかすら分かっていない。」

「円周率の中にはあらゆるパターンの数列が含まれている」という通説は、
いまのところ「多分そうだろう」というだけで、証明も否定も与えられていないようだ。


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追記: (5/26)
はてなエスチョンに、こんな質問があった。
任意の有限数列が、πを小数展開した時に、現れるかどうかを判定、あるいは、証明する事は出来ますか。または、πを展開した数列には、決して現れない有限の長さの数列を構成できますか(または存在を証明できますか)?
http://q.hatena.ne.jp/1209098182

こういうことは、ちゃんと考えている人がいるんだなー。
チャンパーノウン定数の例を出されている方もいた。
で、いまのところの結論はやはり「まだ証明されていない」。