貯金と年収の形

みんな、どのくらい貯金を持っているのだろう?
気になって調べたところ、こんな風になっていました。

出典: 総務省 報道資料 家計調査報告(貯蓄・負債編)
>> http://www.gov-book.or.jp/contents/pdf/official/924_1.pdf
このヒストグラムを見て、こんな風に思いませんでしたか。
「あれ、ヒストグラムの形って、山形じゃないの?
 真ん中あたりの人数が一番多いと思っていたのに。。。」
そうなんです。
貯蓄のヒストグラムを描いてみると、貯蓄の無い人(100万円未満の人)が最も多く、
あとは貯蓄が多いほど、右肩下がりに人数が減っているのです。
なぜ、こんな風になっているのか。
いろんな説明の仕方があるのですが、最もシンプルかつ説得力があると私が思っているのは
 「たくさんの人が、ランダムにお金を交換していったら、この形に落ち着く」
というもの。
簡単なシミュレーションなので、やってみましょう。
* 100人の村でランダムにお金を交換したら?
>> http://brownian.motion.ne.jp/memo/Binbou.php
サイコロ(一様分布の乱数)に従って、みんなでお金をあげたり、もらったりを繰り返していると、
最後にはこうした「右肩下がりで裾野の長い形」に落ち着きます。
この形は「指数分布」と呼ばれています。

指数分布をグラフに描けば、こんな感じです。
(この指数グラフには、単に形が同じというだけの意味しかありません。
 縦横の軸や傾きを、実データに合わせてプロットしたものではない。
 以降に登場するグラフも、全て「形だけ」です。軸に付いている数値は無視してください。)
* 指数分布の理由
>> http://brownian.motion.ne.jp/11_WhyPPMisImpossible/08_ReasonForExp.html
* 統計分布の基礎 -- 貧乏/金持分布 >> [id:rikunora:20080422]

それでは、データをもう1つ。
今度は貯蓄ではなくて、年収(所得)についてです。

出典: 厚生労働省 -- 所得の分布状況
>>http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa08/2-2.html
今度は山形のヒストグラムになってます。
つまり、貯蓄と年収のヒストグラムは、形が異なっているわけです。
なぜだろう?
この年収のヒストグラムは、いったいどんな形なのでしょうか。

所得分布が如何なる理論分布で近似できるかについては古来いろいろ議論されている。
・・・これらの分布のうち,高額所得者の範囲ではパレート分布が,
それ以外の範囲では対数正規分布が現実の分布をよく近似しているということが多くの論者に支持されているようである。
  -- 所得分布とジニ係数に関する一考察  冒頭の「問題設定」より引用
  >> http://www.ob.shudo-u.ac.jp/jimuhp/souken/web/magazine/pdf/ec/p9-2-03.pdf

所得の分布は
 ・対数正規分布
 ・パレート分布
の組み合わせ、というのが有力な見方のようです。

まず、対数正規分布とは何か。
それは、正規分布の変数xを log(x) に置き換えた分布のことです。
ただの正規分布は、左右均等に、釣り鐘型に広がった分布です。
それに対数が付くと、こんな感じになります。

確かに、上の所得ヒストグラムとかなり似ています。
しかしよく見ると、所得ヒストグラムの方が、対数正規分布よりも、
多少右側の「尻尾の引き具合」が長いように見えます。
下のグラフを見てください。

このグラフは、対数正規分布と、パレート分布(べき分布)を重ねて描いたものです。
先の「有力な見方」に従えば、所得ヒストグラムの「尻尾の引き具合」は、
対数正規分布よりも長く、パレート分布に近い、とのこと。
本当のところを言うと、グラフのぱっと見なんかで分かるような違いではないですね。
なので、ここは「有力な見方」を信じましょう。

それでは、なぜ所得は対数正規分布するのか?
上の貯蓄ヒストグラムのような指数分布、あるいはただの正規分布であれば、ある程度分布のメカニズムの想像が付くのですが、
それに「対数」が付くと、ちょっと簡単にはイメージできません。
※ここのところ、イメージがつかめてきました。
※ 対数正規分布の仕組み >> d:id:rikunora:20100418

とりあえず理屈を付けると、こんな感じでしょうか。
例えば自分が会社に入って、がんばればがんばるほど給料が上がる、といった状況を想像してみます。
まだ新人のうちは、何をすれば良いのかも比較的はっきりしていますし、がんばっただけ成果も上がることでしょう。
しかし、これがだんだん先に進んでいって、中堅どころ、上司になってくると、
がんばったからといって、単純にそれだけ給料アップに直結しなくなってゆきます。
つまり、先に行けば行くほど、給料アップは難しくなってゆくわけです。
この「先に行くほど延びない」というのが、対数という関係です。
次に、同期で入った新同士人を比較しますと、その中には優秀な人から、そうでない人まで、いろんな人が混じっているわけです。
このばらつきが、正規分布になっているものと考えます。
かくして、「先に行くほど延びない」給与アップと、お互い同士がばらついている正規分布を組み合わせたら、
対数正規分布になるのではないかと。。。安直なイメージでごめんなさい。


もう1つ、なぜ所得の高い領域では、対数正規分布から外れてべき分布となっているのか?
ここまで来ると、もうはっきりした理由は(私には)わかりません。
1つだけ確かなのは、所得の高い領域には、所得の低い領域とは違った、何か別のメカニズムが働いているということです。
上に「尻尾の引き具合」のグラフを見ると、対数正規分布べき分布は「尻尾の途中で」クロスしています。
(上のグラフでは横軸4.5くらいのところです。)
でも、上のグラフはいいかげんに描いたものなので、果たして本当は、これが真ん中あたりでクロスしているのか、
もっとずっと先の方でクロスしているのか、はたまたずっと手前でクロスしていると見るべきか、これだけではよくわかりません。
見方によっては
1.べき分布が対数正規分布の上に乗っかっている、ということなのか、
2.べき分布が対数正規分布を下側に削っている、ということなのか、
どちらにも取れるわけです。
これを所得にあてはめてみると、
もし1.だったら、想像以上(対数正規分布以上)に高所得者が多い。
 つまり、ある程度以上所得を得ている人は、単なる偶然以上に、世の中の仕組みか、構造的な理由によって高所得を得ている、
 ということになるでしょう。
もし2.だったら、ごく一部の極めて高所得者を除けば、中程度の収入を得ている人が少ない。
 きっと中間管理職あたりが苦労するのかな、
 ということになるでしょう。
もう1つ、パレート分布の体勢を決める重要な指標は、冪乗にかかっている指数の値。
これは「パレート係数」と呼ばれています。
パレート係数によって、パレート分布の曲がり具合、尻尾の延び具合が変わってきます。

所得金額xとx以上の所得のある人の数Rxの間に「Rx=Ax^(-α)」という定式が成り立つと指摘した。
Aは正の常数、αがパレート係数(値が小さいほど富の配分が不平等であることを示す)である。
  * @IT 情報マネジメント用語辞典 -- パレートの法則
  >> http://www.atmarkit.co.jp/aig/04biz/paretoslaw.html

この用語辞典では、パレート係数の(値が小さいほど富の配分が不平等であることを示す)とあるので、
考え方としては、2.中間管理職あたりが苦労するってことになるのでしょうか。
たぶん、パレート係数が大きくなれば、極端に収入の大きな領域の尻尾が細るので、全体としては平等化するということだと思うのですが。。。
ここのところは、むしろ直感に反しているように私には思えます。
実のところ所得分布については、経済の専門家がとっても子細に分析しています。
ここに詳しく書かれているので、興味ある方はがんばって読解してみてくだされ。目下、私も読解中。
* パレート指数とその数学的含意
>> http://www.econ-hgu.jp/books/pdf/524/kimura_57461.pdf

さて、貯蓄ヒストグラムと所得ヒストグラムをいっしょに眺めると、所得は山型なのに対して、貯蓄は右肩下がりです。
この違いを見て、当初、私はこんな風に思いました。
「そういえば、収入があっても全く貯金しない、計画性の無いやつっているよな。
 宵越しの銭は持たねぇ、とか言って、有り金を全部趣味・娯楽につぎ込んでしまうやつ。
 きっとそういったやつらが、貯蓄0の領域を埋めているのだろう。」
その話を人にしたところ、それは違う、という答が返ってきました。
「貯金なんかするゆとりが無い人がいるってことだよ。
 貯金って、収入がある一定金額以上になれば、少しずつたまってゆくけど、
 最初からそこに達しない人は、いつまでたってもお金が貯まらない。」
言われてみてハッとした。
私が無計画な人がいると考えたのは、実際に知っている無計画な人や、自分自身の行動パターンを頭に思い描いていたからです。
私の身の回りには、たまたまそういう人が多かった。
しかし知人の回りには、たまたま貯金なんかするゆとりが無い人が多かった。
勝手な解釈って、無意識のうちに自分の身辺基準で行っているのだと、改めて思いました。
本当に正確を期すなら、他の様々な数字とにらめっこしつつ判断しなければならないのでしょう。
ということで、収入に比して貯蓄0の人が多い理由は「よくわからない」ってことにします。
でも、なんとなく知人の言った「貯金なんかするゆとりが無い人がいる」というのが的を得ているような気がする。。。


※ 6/24 追記
* 日本の30歳代のアニメーターの平均年収は214万円、日本の子育て世帯の平均年収は691万円
 >> http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20090523
 >> http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20090525
アニメの若手 年収100万円・・・これだと日本のアニメは無くなってしまう・・・